荒野に虹を 11

 視界に映るのは、見慣れた天幕である。それでも一瞬、脳裡に花畑が浮かんだのは、天幕に入ったときに強烈な花の香りを嗅いだからだ。

 タジはこの世界で科学的な芳香剤を見たことがない。嗅覚だから嗅いだことがないの方がより正確だろうか。そして実際に眠りの国においても芳香剤を科学的に作りだすという技術はなかった。

 しかしこの天幕は強烈な花の香りが充満している。香を焚いているのかと辺りを見回したが、煙も、その形跡もない。だとしたら、とタジは辺りを見回した。

「どうしたんですか?入りしなにそんな天幕内を見回して……」

 ラウジャの不思議がる顔を横目に、ビジテが鼻をならした。

「タジ殿は天幕内の匂いが気になるんでしょう」

「そういうことでしたか」

 イヨトンに肘で脇腹を小突かれて、タジは我に返った。天幕内に入っていきなり内部を舐めまわすように見回す人間が不審に見えるのは当然だ。

 目前のテーブルの向こう側、簡易ながら身分を象徴するような細工椅子に座っているモルゲッコーが、タジとイヨトンの二人をジッと観察していた。眉根を寄せて目を細める様子は、端から人というものを信用していないかのようですらある。

「あなたたちは……タジ殿と、イヨトンですか」

 はじめまして、と言ってイヨトンが礼をした。それに倣ってタジも礼をする。

「ああ、タジ殿はそんな礼など畏れ多いことです。この度はチスイの荒野における凶悪な魔獣の掃討、並びに伝説の紅き竜エダードの討伐の任を全うされたとのこと。眠りの国の一個騎士団でも不可能な偉業を成し遂げたと聞き及んでおります」

 表情に対してあまりに普通の物言いに、タジは逆に驚いた。

「何ていうか、思ったより普通なんだなアンタ」

「タジ様!」

 イヨトンが諫めるがもはや手遅れである。モルゲッコーは片方の眉をつり上げて、それから痛いところを突かれた、とばかりに邪悪な苦笑いをしてみせた。

「申し訳ございません。私、昔から表情で損をしていると言われておりまして。染みついた表情はなかなか払しょくできないのですな、残念なことに」

「いやあ、最初はずいぶんと猜疑心の強い……じゃなかった、用心深い人なのかなと思ったんだよ。思った以上に話しやすそうで安心した。あ、さすがに敬語は使った方が良いかな」

「いえいえ、お気になさらず。私はまだ新参者ですし、太陽の御使いの再来と称されるような方に敬語を使われるなど、本当に畏れ多いことです」

 天幕内に充満している花の香りはどうやら特注の香水らしい。花から蒸留し抽出した香りの素を天幕内に散布したのだと言う。モルゲッコーはこの香りを嗅ぐことによって思考力が高まるようだった。

「なるほど、それで天幕内が花の香りでいっぱいになっていたのか」

「その通りです。さて、タジ殿とイヨトンは今回どのようなご用件で?」

「それは私の方から。今回はモルゲッコー様が新しい総指揮官になられたということで、一応御目通しをしておかねばと伺った次第です。私たちは正式な手続きを踏まずにレダ王からここに派遣されてきましたので、騎士や傭兵たちとは別に話を通しておかなければならないと思いまして」

「なるほど。本来ならばこちらからタジ殿にご挨拶をしなければならないところですが、ご足労をおかけしました」

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