荒野に虹を 13
ことの次第をゴードに余すことなく話すと、ゴードは一瞬目を大きく見開いて、それから表情を戻した。
「賭けは負けましたか」
ゴードは全てを察したのだろう。
モルゲッコーはこちらの話を聞くような人間ではなかった。考える頭はあっても、それは変革や改善を求めるための思考ではなく、もっぱら現状をどのように切り抜けるのか、という一点にのみ機能しているようだ。不死の騎士という名は伊達ではない。モルゲッコーは決して危険な賭けに出ることはない。
言うなれば、負けないことこそが勝利への王道と心得ている。
「大負けだな。そもそもあの野郎は身銭を切るような賭けをしない。全くもって堅実を地で行く男だ。ある意味で尊敬できる」
「タジ殿のお気に召しましたか」
タジは鼻で笑った。眉をハの字にしたゴードも最初から冗談めかした物言いであった。
「では、この地は何も変わらずにこの先も連綿と血を吸い続けるのでしょう。私たち商人も、そのお手伝いで利ざやを今まで通りに得ることができる。歌姫以前の、凪いだ荒野へと逆戻りです」
「腹立たしい。人間とは常に前に進むものだろう」
「目の前に魔獣がいれば後ずさる、暗闇に閉ざされていれば立ち止まる、それが人間というものです、タジ様」
怒りを握りしめて震えるタジの手を、そっとイヨトンが両手で包んだ。
パチ、と燃えさしの蜜蝋がはじけた。寒々とした荒野の空には、満天の星が輝いている。夜の帳が下りると、自然と風が止む。
耳に痛いほどの静寂。
ゴードは、机に積まれた羊皮紙の束を子どもの頭にするようにポンポンと叩いた。
「これも無駄な作業でしたか」
「……いや、無駄にはさせない」
「そうは言いましても、タジ殿。総指揮官がこの地の改革を望まないことは火を見るよりも明らかです。次の権力への腰かけ、と思っているほど腐っているかどうかは分かりませんが、決して賭けに乗らないのであれば、モルゲッコー殿の心の裡はどうあれ同じことです」
戦わずして負けたのだ。
優秀な指揮官は、そもそも争わない。戦闘とは交渉の最終手段であって、話し合いが無理である場合の対話の形の一つである。だとしたら、モルゲッコーはタジの動きに何かしらの危険を察知したのだ。察知したうえで、余計な争いから身を守るために先手を打った。
ここで暴れてしまえば、タジはたちまち悪人となる。また、モルゲッコーの言うことを聞かずにチスイの荒野に居続けることは、タジらに何らかの思惑があることを態度で示すことになる。
戦場から降ろす。タジの会話に瑕疵はなかった。おそらくモルゲッコーは初めからタジたちに荒野からの退場を考えていたのだろう。
強かな男だ。
「負けはしないさ。俺は絶対に負けない……」
とは言え思考の半分はモルゲッコーへの、あるいは己の不甲斐なさへの怒りが占めており、うまく考えがまとまらない。
「タジ様、負けないのはいいとして、これからどうなさるおつもりですか?」
イヨトンが問う。
「私としては、モルゲッコー様がああいった以上、一度眠りの国に戻らなければならないと思います。あの余裕の態度は、既にレダ王か他の王に対して、タジ殿を眠りの国へと戻すよう話をつけている可能性があります」
先手を打つどころか、既に後詰めまで用意している。それはあり得ない話ではない。むしろ、あの猜疑心の塊であれば十分にあり得る話だ。タジがだだをこねてチスイの荒野に留まろうとすれば、既に話をつけていた眠りの国から使者がやってきて、タジに訳を問う。そのくらいのことはするだろう。
「求めに応じなければ、王の心証も悪くします。それは私が宝剣を佩いていた事実を消して余りある負債になるでしょう」
「……そうだな」
「タジ殿、これでもまだこのチスイの荒野を何とかしたいとお考えですか?」
ゴードは、タジをジッと見つめた。
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