祈りの歌姫と紅き竜 39
「知っているに決まってるじゃない。アタシは神の直属。ガルドのような眷属とは訳が違う、何でも知っているわ」
「この世界に存在しない概念を知っていると?」
タジはエダードの差し出す手を取ってやや乱暴に振った。
「もう、乙女のか弱い腕に乱暴しないでくれる?」
そうは言っても紅き竜の本性である。どんな魔法なのかは知らないが、エダードの怪我はすっかり癒えていた。
「握手がこの世界に存在しないかどうか、あなたは確かめる術をもたないでしょ?」
「その手の話はもううんざりだよ」
小首を傾げ、はぐらかすようなエダードの微笑みに、タジは苦々しい顔を返すしかない。人間の姿をしているがために否応なく感じてしまう親近感が、タジの思考を邪魔してしまう。
相手は、言葉を話せる獣なのか。それとも、力をもった人間なのか。
「エダードは、魔獣ということでいいのか?」
「そうよォ?魔獣側、神の直属。魔神!カッコいいわねぇ、男の子なら誰でも憧れちゃう!」
「なぜ人間の姿をして魔獣側につく?人間側にも神がいるが、お前の直属という神と何が違うんだ?」
「古の哲人が言ったわ。『もし牛や馬の手によって神が作られたら、その神は牛や馬の形をしているだろう』と。お分かり?」
「……魔獣側の神が人の形をしていると?」
「おっと、それ以上はアタシの口からは言えないわねェ」
エダードが魔獣側の中枢について、多くを知っていることは間違いなかった。
「アタシが言えることは、魔神の名前がディダバオーハと呼ばれていることと、ディダバオーハが外海の向こうにいることくらい」
鈴の音が鳴るように、エダードは歌うように語った。体は自然と動いてしまうようで、いつの間にかステップを踏んで踊り始めている。もともと歌ったり踊ったりするのが好きな性質なのかもしれない。
エダードが歌姫を人形に選んだ理由の片鱗を見た気がした。
しかし、それ以上にタジを混乱させたのが、エダードの歌う言葉に含まれる意味である。
魔神ディダバオーハ?外海の向こう?
神の直属を自称する紅き竜エダードが魔神の存在を示唆し、その居場所を仄めかすということは、確実にそれは存在すると言うことだ。そして、その姿はほぼ確実に人間の形をしている。
そして外海。この世界には海が存在し、海の向こうに魔獣の神が存在すると言うのだ。この世界の描かれた地図にかかっていた雲が急激に晴れていく感覚に、タジは眩暈がする思いだった。
「待て待て待て、ディダバオーハ?魔獣の親玉……魔神か?それが諸悪の根源だと?」
「魔神様は魔神様よ。そこに善悪の区別はないわ」
「現実に神が存在する、と?」
「あなたの言う『人間側』にも神はいるでしょう?」
人間側の神は、太陽だ。
太陽を信仰するのは自然崇拝と言ってよく、偶像や奇蹟に依拠する存在とは別種のものだ。
「あら、本当にその二つは違うのかしら?この世界で」
「えっ……?」
「あらいけない。また、喋りすぎてしまったわァ」
音楽に乗って話し始めると饒舌になるようだ。そのまま要らぬことまでポンポン話してくれればいいのだが、エダードは踊るのを止めてしまい、華やいでいたその場は急に温度を失っていく。
「俺としては知っていることを全て話してくれた方がありがたいんだが」
「セキュリティがあるのよ。残念ながら、ね」
「それじゃあ、最後に一つだけ、俺から質問させてもらって構わないか?」
「アタシに答えられるものなら何でも良いわよ」
タジ自身、ずっと気になっていたことだった。
「なぜアンタは英単語を使うことができる?俺は、この世界に英単語を聞いたことが無いのだが」
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