祈りの歌姫と紅き竜 31

 魔力が純粋な力の流れである以上、それは当然魔獣にも作用する。ただでさえ人間に比べて個々の力が強い魔獣をより強靭にしてしまう歌姫の補助魔法は、人間側にとって脅威以外の何物でもない。

「恐らくだが、エダードは歌姫を脅して歌を歌わせるようなことはしないと思うぞ」

 タジが会話から受けたエダードの印象は、高飛車で社会性はなく、刹那主義で他の魔獣について考えるようなことは一切しない、というものだ。

「なぜそう言い切れるのです?」

 オルーロフの問いはもっともだ。

 ここにいる三人は、紅き竜の無慈悲なまでの強さしか見ておらず、タジに語りかけたエダードの姿は誰も認識していない。人間に対して非情で冷徹、それが彼らの見ることができた紅き竜の姿なのである。

「奴の性格的に、人間を利用するとは思えない」

「それは一元的なものの見方です。紅き竜にその気はなくとも、その他の魔獣がそうとは限らない」

 イヨトンを偵察に走らせることをタジであればまずしないように、別の魔獣が歌姫を利用する可能性は確かにある。紅き竜が魔獣の指揮を執る者としてすべての魔獣を従えているかどうかは確かに怪しい。エダードの性格は人間を利用しないかもしれないが、それと同じくらい紅き竜が魔獣たちの支配者としてチスイの荒野をまとめているようにも思えない。

「なるほど。だとすれば、ビジテの懸念も理解できる」

 つまり、勝利条件としての歌姫の救出は複数の理由に支えられており、緊急を要する案件であるということと同時に、その理由によって救出した“後”については話がまとまっていない、ということだ。

「歌姫を救出したら、その後のことは俺に任せてもらってもいいか?」

「どういうことですか?」

 その疑問が誰の発した言葉かは分からなかった。

「俺は歌姫を救出する。それが勝利条件であれば俺は必ずそれを遂げる。しかし、その後のことは決まっていないのだろう?決まっていないのだったら、俺が歌姫を譲り受けても構わないよな、ってことだ」

「それは横暴です!」

 ラウジャが叫ぶ。

「味方を鼓舞し、戦果を上げる歌姫の存在は国の宝と言って良い。民は眠りの国のものであり、個人の所有物ではありません!」

「ラウジャの言う通りです。タジ殿、歌姫は眠りの国にとって非常に重要なお方。タジ殿がいくら人並外れて強く、世界をほしいままにできるだけの力があるとはいえ、それはワガママが過ぎます」

 オルーロフもラウジャの言葉に付け足すように言う。

「……ビジテはどうだ?」

「俺ですかい?」

「ビジテ殿も我々と同じ考えですよね?」

「歌姫の救出は、ひいては国の威信の救出なのです」

 反応に思わず口元が緩んでしまう。

 恐ろしいことだ、とタジは思った。事ここに至って、まだ歌姫の魔法に希望を見出しているのが二人の騎士である、ということ。それと同時に、騎士が歴戦の傭兵を言いくるめて煙に巻き説得を試みているということに。

 彼らは、その言葉の裏に潜むワガママに気づいていないのだ。

 魔法を使う者は、人々からの期待という名の機械によって、体がボロボロになるまで使われて然るべきだ。二人の騎士の言葉の裏に隠されているのは、そういうことだ。

「この時、この場で言うことに関して、ビジテではなく俺が責任を取る。思うところを話してくれて構わない」

 これで多少公平になるだろうか。タジの言葉に驚いて目を瞠るラウジャの口を手のひらでおさえて、ビジテに発言を促した。

「……俺は、歌姫が救出されればそれでいいんです。そうすれば魔法が魔獣側に渡ることはありませんし、それに……」

 考え込んでしまった。しかし、ビジテがそれ以上なにかを述べようとすれば、戦場の指揮系統に禍根を残しかねない。ギリギリの線だろう、とタジは考える。

「歌姫を救出した後に関して、ビジテは白紙だということでいいな?」

「そうですな、白紙というのが一番正しいところです」

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