祈りの歌姫と紅き竜 30
この場で魔法に関して最も知識を有しているのはオルーロフだった。今はイヨトンの帰還を待つしかなく、時間はたっぷりある。どっかりと椅子に座って説明を求めるように体を前のめりにするタジに、オルーロフは魔力について説明した。
そもそも魔瘴とは、悪意を孕む魔力である。
純粋な力の流れは魔力と呼ばれ、魔瘴とは区別されるものの、実際にはその二者に自然界における区別はない。
「魔瘴から純粋な形として力を抽出したものが魔力で、それを結晶化したものが魔石と呼ばれるものです」
玉座を飾り付ける宝石の数々が、それだ。
「人間の中には、ごくまれに魔瘴に含まれる悪意と力の流れを体内で分離させて力だけを発揮できる者がいるのです」
簡単に言えば、魔法を扱うには素質が必要なのだ。
「眠りの国の王は全員魔力を扱うことができると言われています。玉座の魔石は、いざという時に王の力を補佐する役目を持っているのです」
「ちょっと待て。ごくまれに、という割にはずいぶん虫のいい話だな。選ばれた王が全員魔力の才能を持っているなんてことがあるのか?」
「詳しいことは分かりません。ただ、そのようになっているとのことです」
王の選出方法やこれまでの王がどのように、何人選ばれてきたのかなど、気になることは多かったが、話が脱線しすぎてしまう。
「とにかく、魔力を扱える人は決して多くなく、その表出方法もさまざまです。例えばレダ王はその魔法を純粋な身体強化に用いていると聞きます」
確かに、あの体躯を見れば魔力による力の充実を思わせるのも納得できる。
「歌姫は、周囲の人間に身体強化を引き起こし、精神を高揚させる作用をもった歌を歌うことができたのです」
「補助魔法ってやつだな」
歌姫は自身の歌によって自身にも補助をかけ、戦場を駆け巡り人間側の個々の強さを伸長した。結果、人間側は破竹の勢いで連戦連勝を魔獣側からもぎ取っていたのである。
「歌姫による魔法は絶大でした。我々は、それに頼り切っていたと言ってよい」
「だろうな」
数を恃んだ戦法は、大勢が負けに傾いたとしても、指揮官による適切な指示があればじっくりと戦線を維持しながら被害を最小限に退却することも難しくない。歌姫の魔法に頼り切った結果、戦線は伸び、箍は外れ、一度の負けで大きく形勢が傾き、指揮官は逃亡して、恐慌に陥ったのだ。
「二つ、質問をしても良いか?」
「何でしょうか」
「一つ目。この戦場には祈りの歌姫以外に魔法を使える者は存在しないのか?」
「少なくとも、公の場で魔法を使えると宣言する者はいません」
魔力を扱う人は希少であり、その力は絶大だ。安易に魔法を使えるなどと公言すれば、権力に取り入ってこき使われるか、悪用されるかの二択しかない。自由に生きるためには、多少の不自由を覚悟してでも魔力に関することは公言しない方がよい、というのは正しい考え方のように思われる。
「二つ目。祈りの歌姫を救出した“後”は、彼女をどうするつもりだ?」
「後、ですか……」
もったいぶるオルーロフに代わってラウジャが口を挟む。
「後のことは考えておりません。重要なのは、さらわれた歌姫の命です」
彼女のこれまでの活躍は、騎士団の一個中隊に匹敵する。だとすれば魔獣にさらわれた彼女を救出することに異論の余地はない。
鼻息荒く講釈を垂れるラウジャの横で、髭をこすりながらビジテがぽつぽつとつぶやく。
「それもそうだが、問題は歌姫の魔力がこちらに牙をむいたときなんです」
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