祈りの歌姫と紅き竜 22

 彼らはタジをまだ「人間」として見ていたのだ。

 そもそも人間に手も足も出ないような異形の魔獣、その中でも飛びぬけて強大な相手であった魔獣にして人間の領主であるガルドを討ち倒したのである。その功績は百戦錬磨のレダ王をもってしても簡単に成し遂げられるものではない。場合によっては高確率で負けてしまうだろう。

 どんな魔法を使ったのか、あるいは万に一つの奇跡が起きたのか、などと憶測はさまざま飛んだが、なんのことはない、目の前のその存在をして三人は思い知らされた。

 この男は「人間」の規格外である。

 人間の姿形をし、人間に与し、人間として振る舞う怪物。そんな考えが三人の脳裡をよぎる。

「さて、これで俺の実力が分かってもらえたんじゃないか」

「タジ様、実力を理解するには伝令の報告を待つ必要があるのではありませんか?」

「ああ、そうか。やるだけやって満足してしまった。まあいい。戦場を混乱させている魔獣に関しては全て処理してきたから、持ち場の責任者がよほど愚鈍でなければ直にでも伝令が来るだろう。勝利条件は決まったか?」

「ここにいる誰もが、こんなに早く戻ってくることを想定しておりませんでしたので、タジ様が混乱を終息させたということを前提に再び話をまとめさせて頂きたいと思います」

 すっかり委縮した三人に代わって、イヨトンばかりがタジと会話をしていた。

「そうかい。じゃあ俺はひと眠りさせてもらおうかな。体がずいぶんと鈍っていたようだ。久々に暴れさせてもらって、満足した。あ、その諸刃の剣なんだが、持ち主に返してやってくれ」

 言うだけ言ってタジは天幕を出ていく。残った三人のうち、ラウジャがすっかり忘れていた呼吸を思い出したように、息を吐きだすと、他の二人もそれに倣って先ほどまで無自覚に止めていた呼吸を始めるのだった。

「紅き竜に匹敵する迫力があった……」

「いや、体が小さい分だけ力が凝縮されている感じがあったぜ。ありゃあ……バケモンだ……」

「イヨトン、お前はタジ殿のあの姿を見てどうしてそう自然体でいられる?」

 三者三様の反応に興味深さを感じるイヨトンだったが、オルーロフの質問は的を得ていないように思えた。

「逆にお聞きしますが、タジ様が私たちに何か危害を加えることがありますか?自然に、正しいことをしている限り、タジ様はいたずらに私たちを傷つけることはありませんでしょう」

「それは……」

「ケムクとかいう騎士をぶん投げたぜ、タジ殿は」

 いつの間にか敬称をつけて語るビジテの指摘に、イヨトンは一瞬言葉に詰まる。

「それは……ほ、ほら、タジ様の言葉を遮ってしまったからちょっと魔がさしたのですよ。あの方は時々そういう意地悪をなさるのです」

 その神のような気まぐれこそ恐怖以外の何物でもないことにイヨトンは自分で気づいて言い方を変えようとするも、二の句が継げずにいた。

「いや、今はタジ殿に関してとやかく言うのはやめましょう。これから伝令が続々やって来て、戦線の混乱が収束に向かう前提で話を始めた方が、あのタジ殿の様子を見るに自然な流れであるのだけは痛感しました。ですよね、オルーロフ殿、ビジテ殿」

「異論はない。先ほどの迫力を目の当たりにしてなお実力を疑うことは愚の骨頂」

「タジ殿の気が変わらないうちに、我々は戦線を安定させつつ、タジ殿の言う通り『何を勝利とするか』を話し合う必要があるだろうな」

「私も、その話し合いに参加させていただいても?」

「無論だ。タジ殿に関する情報を出来る限り教えていただきたい」

 別の個所からの伝令が次々とやって来て、その時の様子が語られる。一陣の風がやってきたと思ったらそれは人間で、次の瞬間には魔獣の首を持ってきた。諸刃の剣には血の一滴もついておらず、魔獣の首を放り投げると魔獣が霧となって消えるよりも先にどこかへ消えてしまった。人間の形をした暴力の姿を見た。戦術を嘲笑うかのような人間が戦場の魔獣を全て薙ぎ払った。薄笑みを浮かべてその人間の味方は風となって消えた。

 この報告のどれ一つとして誇張が無いことに、その場の四人は驚きを通り越して呆れてしまうのだった。

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