祈りの歌姫と紅き竜 21
効率よく殴って回る、などという利口で殊勝な方法をタジがとるはずもなく、戦線の端から端までを手あたり次第に平らげていこう、というのが結論だった。
イヨトンに教えられた、戦線を巡る最短距離を駆け抜けていく。
魔獣の分布が濃い場所には必ず十人単位の騎士と傭兵との混成部隊がおり、頼りない木柵と塹壕によって抵抗の意思を表している。魔獣が現れればそこを中心として小隊が動き戦線を押し込まれないように維持する役割を持っているのだろうが、その規模はあまりに頼りない。
タジは見張りに立っている騎士の一人の側で立ち止まる。突風から突然現れた人間に騎士は驚き、それから腰に佩いた剣を引き抜こうとしたが、引き抜く動作をする前に肩をタジにおさえられて、それ以上の動作は叶わなかった。
「人間の味方だ。魔獣の位置を教えろ」
「おおおお前は一体何者だ!?名をッ」
煩わしい手続きや問答は不要とばかりに、肩をおさえていた手で騎士の頬をつまんで体ごと空中に引き上げる。
「いいから、魔獣はどこだ?」
「……あの小高い丘の反対側に、俺たちが作った野営地がある。そこで人間の死体を弄んで、いる」
騎士が答えを言い終えないうちに、タジは言われた場所へと駆けだした。その場から一瞬で消えたと思ったタジは、騎士がほんの二、三回まばたきをすると、土産を携えて再び騎士の隣に立つ。
「こいつらだな?」
タジが無造作に放り投げたのは、巨大な昆虫を思わせる魔獣の頭だった。その戦場を我が物顔で蹂躙していた三体の魔獣の頭は、まだ生きているかのようにピクピクと動いていたが、やがて煙となって消えてしまった。
「確認しに行け、斥候を走らせて戦線を押し上げ、伝令を飛ばして報告を怠るな」
命令ですらない、事務報告に近い言葉を残して、タジは次の戦場へと向かう。
「あ、ちょっとこれ借りていくぞ。首を取って実物を見せるのが一番手っ取り早いからな」
タジが手にしていたのは、騎士が佩いていた諸刃の剣だった。
「あ、えっ?」
そこで初めて、タジが三体の魔獣の首を斬るのにその剣を用いたことを騎士は理解した。返事をする間もなく、タジは剣を片手に突風となって走り去っていく。
戦線は別の意味で混乱に陥った。
人間側の混乱に乗じて弄ぼうという魔獣ばかりの戦場は、タジの登場によって状況がオセロのようにひっくり返っていった。戦線を脅かす魔獣を屠るタジの速さは神速であり、魔獣側にどのような伝達手段があろうと対策のしようのない進撃速度だった。もっとも、魔獣側に結託の意思は薄く、人間を殺して弄ぶことしか考えていないような魔獣ばかりだったので、伝達もなにも無かった。
魔獣の持つ個々の力によってなぶられていた戦場は、それ以上の力を持ったタジによって端から端まであっという間に蹂躙される。そこに戦略や戦術の余地はなく、純然たる暴力だけが存在していた。
魔獣側にもいくらか知恵を持った者もおり、そういった者は戦場の異変を察知していた。決して前に出ず、息をひそめて情報を集める。情報を集めれば集めるほど、魔獣側の被害は甚大であり、その被害を与えた事態が何であるのか、見当がつかず、得体の知れない恐怖は募る。
野生において、恐怖を覚えるというのは生き延びるために重要なことであり、知恵のある魔獣はほとんどがそれを有していた。自分の与り知らぬところで何か大変なことが起こっている。それはもしかしたら我々の首を斬りに来るかも知れぬ……。
日が暮れて、月が煌々と闇夜を照らすころ、タジは再び天幕へと戻ってきた。
イヨトンが言う。
「先ほど、最初の伝令がやってきたところです。人間の味方を名乗る者が、魔獣の首を狩って持ってきたと」
タジはニヤリと笑う。その手に携えた諸刃の剣を見て、呟いた。
「あ、剣を返すのを忘れてきたわ」
まあいいか、と天幕の端に立てかけた剣とタジの顔とを見比べて、三竦みたちは金魚のように口を開閉しながら、目を丸くするしかなかった。
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