祈りの歌姫と紅き竜 23
外で傷病人の看護にあたっていたケムクは、天幕から出てくるタジを見つけると、背筋を伸ばして立礼をした。他の兵士もケムクに倣って立礼をする姿を見て、タジは彼がこの戦場に馴染んだことを理解する。
「まだこんなに重傷者が残っているんだな」
「こんなに、と言うよりは重傷者は常に出ているそうです」
ケムクが傭兵たちから聞いたところによると、混乱した戦線は伸び切り、そこかしこで人間を弄ぶような残虐性をもった魔獣が暴れており、彼らは本陣であるここを守りながら、別の陣地にも派遣されるための駒であった。人命を弄ぶ魔獣を前にして防戦一方である以上、負傷者はどうしても出てしまい、負傷者のために割かれる人員によって戦況は更に不利になる。
「ジリ貧だな」
「ですが、タジ殿はその戦場の混乱を治めて回ったんですよね?」
最初に到着した伝令員から聞いたのだ。三人とイヨトンのいる天幕に出入りした伝令員に事の次第を聞いたケムクは、そこでようやくタジの実力の片鱗を知ることとなった。タジからは見えないが、今もまた天幕に一人二人と伝令が吸い込まれるように入っていく。
篝火に照らされた伝令の顔は驚きと歓喜で彩られていた。
「そうだ。魔獣側が直ちに結託しこちらに総攻撃を加えない限り、ジリ貧は解消されただろうな。後はゆっくり戦線を立て直して、眠りの国からの補充を待てばよい」
人が増えれば魔獣に対抗するだけの力を取り戻すだろう。個々の力を増幅させて戦うのが人間側の主たる戦術だ。
「俺はひと眠りさせてもらいたいんだが、空いている天幕はあるか?それとも、まだ何か手伝わなきゃならんことがあるか?」
「混乱を治めただけで十分すぎる働きなのにこれ以上のことをさせるわけにはいきませんよ!天幕でしたら少し遠いのですが、向こうの天幕が誰も使っていないものです」
誰も使っていない天幕がなぜあるのか、それを問うのは無粋というものだ。
「何かお召し上がりになりますか?出来るだけのものは用意させますが」
それにしてもケムクはずいぶんとへりくだるようになったというか、不遜なふるまいが減ったものだ、とタジは思う。伝令の報告がよほど衝撃的だったのか、それとも投げられて敵わないと思ったのか。
「煮炊き用の窯や燃料の場所を教えてくれるだけで良い。適当に何か食べるさ」
「それはいけません、タジ殿」
暗闇から、会話に割って入る人物があった。
ゴードだ。
「あなたは今まさにこの地にとっての英雄になろうとしております。でしたら、それに見合うふるまいをし、活躍に見合う報酬を受け取らねばなりません」
「俺は別に英雄になりたいわけではないよ、ゴード。今回の戦で英雄になるのはきっとラウジャだ、俺はただ混乱を終息させただけにすぎない」
「それでもです。あなたの活躍は、チスイの荒野を戦場とする人間に象徴のような存在として語られるようになるでしょう。そのような方が、その活躍に見合う報酬を得られないようであれば、それは戦場の士気を著しく下げる」
ゴードの言わんとしていることは分かる。
「しかし、混乱は治まったばかりだろ?今は物資も何もかもが不足の状態だ。物資が届くのもいつになるか……」
「心配いりません。その為の私たちなのですから」
ゴードは商人だ。商人がただ人間を運ぶだけの仕事をするはずがない。
彼の後ろには、今日のうちに到着したのだろう、さまざまな補給物資を乗せた荷馬車があった。
「たった今到着したところです。賭けには勝ちましたね」
「どういう賭けをしていたんだか」
タジの言葉に、ゴードは得意そうな顔を浮かべるのだった。
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