祈りの歌姫と紅き竜 17

「タジ殿、ここは最前線の中枢です。口のきき方には注意してください」

 ケムクが諫める。ラウジャが指揮系統の中心にいることによってその権威が揺らぐ場合があるように、タジがこの天幕で無礼を働くこともまた、最前線における指揮系統の有すべき権威を揺らがせてしまう。それを危惧しての発言だったが、タジはそれに関して一切考慮しない。

「口のきき方で乱れる指揮なんて初めから無いも同然だ」

 テーブルの上の地図に目を落としていたビジテの片眉がつり上がり、視線だけがタジを向く。ビジテの視線に気づいたタジも同じように片眉をあげてみせると、ビジテは天幕にいる全員に聞こえるように舌打ちをした。

「全くもってその通りです、タジ殿。形にばかり囚われていては物事の本質を見失ってしまう。この場所は、本質を見失ったものに、とても厳しい」

「だろうな」

 タジがイヨトンの方を向くと、どうやらイヨトンもその違和感に気づいたらしい。ただ一人、ケムクだけがオルーロフの言葉に込められた皮肉に気づかずにいた。

「ビジテ、だったか。あんたがこの最前線の司令官か?」

「……どうしてそう思った?」

 決して目を合わせないが、返答にとげとげしさは感じなくなった。

「この天幕内では、あんたが一番有能そうだ」

 半分は本音であったが、もう半分は単純な消去法である。オルーロフは自身を「副官」として紹介した。ラウジャは自己紹介していないが、それが逆にこの場での地位の低さを表してもいる。人物として重要でなければ、自己紹介の時間さえも惜しいとするのが戦場での作法だ。テーブルの地図を眺めて会議をしていたのがその三人である以上、消去法でビジテが司令官だと判断するのは自然なことだった。

 ただし、ここには「権力の所在」についての考慮を入れていない。タジの言葉が皮肉だと理解したうえで、ビジテは言う。

「はっ、有能であれば前線の司令官になれるなんて、そんな訳があるかよ。今回の事件での功績を考えたらそこの坊主が司令官になっちまうぜ?俺ァ血の気の多い傭兵たちや金がもらえなきゃたちまち野盗になっちまうようなゴロツキの戦士たちをまとめてるだけだ」

「ということは、やはりそういうことなのですね」

 痛ましい表情をしているのはイヨトンだ。

「チスイの荒野の最前線における指揮官は、赤獅子の騎士団の中で有能な者がその任にあたることになっています。しかし、この天幕に赤獅子の騎士は……」

「ラウジャと私だけ……、もしやラウジャが?」

「いえ、彼は今回の事件で最も活躍したというだけです。指揮官は今回の事件で、どこかへと逃げてしまいました」

「逃げた!?」

 推察に反した答えに狼狽えたのはイヨトンである。タジもまたオルーロフの言葉に一瞬驚いたものの、可能性としてなくはないと考えると事態は受け止められた。

「俺はてっきり戦死したのかと思ったんだが、どうやら違うみたいだな。……イヨトンも戦死したのかと思ったんじゃないのか?」

 タジに問われて我に返ったイヨトンは言葉を失ったかのように、ただ首を縦にふるのみである。

「指揮官不在の理由はよく分かった。それで、紅き竜の出現、歌姫の誘拐、指揮官逃亡の三つの事態の中で頭角を現したのがそこにいるラウジャ、と」

「その通りです」

 オルーロフが答えた。

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