祈りの歌姫と紅き竜 16

 天幕の中は剣呑としているかと気を引き締めていたタジだったが、緊張に包まれているものの恐慌に陥っているという様子ではなかった。天幕の中央に置かれた大きなテーブルの上には一面に荒野の地図が乗っており、等高線のような三本の線が書かれていた。テーブルを囲んで地図を睨み、戦線を頭の中に思い描いているのは三人である。老練に人の皮を被せたような革鎧の傭兵、青を基調とする壮年の騎士、それから二人に比べて明らかにこの場にそぐわないように感じられる赤獅子の若い騎士。

「赤獅子の騎士団より五等騎士ケムク、並びに白鯨の騎士団より三等騎士イヨトン、それから西方の領主ガルド討伐の立役者、タジ殿の三名、チスイの荒野の戦線に到着致しましたことを報告します」

 立礼でケムクが述べると、テーブルを囲んだ三人がこちらに目を向ける。赤獅子の若い騎士はケムクに面識があるらしく、報告者が誰だか分かると、パッと顔をほころばせた。

「おお、ケムク!久しぶりだな、お前が来てくれたのか」

「ラウジャではないか、最前線にいるとは聞いていたが、どうしてこの場に?」

 ラウジャはケムクと共に入団した若者である。この天幕は最前線における拠点であり、あらゆる指揮系統の中心だ。壮年の騎士や歴戦の傭兵が指揮を執ることに異論を差し挟む者はいないだろうが、そこにラウジャのような若者がいるのは不思議に思われる。よほど優秀か、あるいは縁故によるものか。

 ラウジャがその答えを述べるよりも先に、壮年の騎士の咳払いをした。それから三人の中で唯一立礼をしていないタジに向かって、騎士は挨拶をした。

「あなたがタジ殿ですか、勇名はチスイの荒野にも轟いております。私、青狼の騎士団二等騎士、戦線副官のオルーロフと申します」

「なんだ、ずいぶんと覇気のない奴が来たもんだな。俺は傭兵や雇われの雑兵を束ねているビジテだ」

 ビジテは騎士のように礼をせず、テーブルに手をかけたままである。

「タジだ。チスイの荒野からの急使が来た時にたまたまレダ王に謁見をしていた縁でここに連れられた。レダ王の意図は分からないが、何か役に立つことがあればとは思っている」

「イヨトンはなぜここへ?」

 問うたのはオルーロフだ。

「私はタジ様の付き添いといったところです。もちろん、私の技術がこの場の役に立つのであれば駒の一つとして扱っていただくのに問題はありません」

「事情があって、俺がこの世界について無知なためにイヨトンに付き添ってもらっているんだ」

 事情がある、とだけ言えば根掘り葉掘り聞くことも無いだろうと考えて、タジは説明する。こういう最前線で指揮現場に必要なのは、個々人の思惑などではなく、そこに誰がいてどれだけ有用な働きが出来るか、という一点のみだ。事情を聞いて納得することに、指揮する側の自己満足以上の意味はない。

「なるほど。イヨトンが来てくれたことは素直にありがたい」

 オルーロフはイヨトンのことを知っているようだ。だとすれば、彼女の有する技術についてもまた知っているだろうし、その技術が戦場においてとても役に立つことも理解しているだろう。

「来たのは三人だけか?」

 ビジテはあからさまに落胆を見せる。そういう素直さがタジは嫌いではなかった。

「これからどのくらいの増援があるかは国の方で決定があるだろうよ。俺たちは急使の報告からすぐさま駆けつけるように言われたんでな、その後のことは分からん」

 タジの言葉にふん、と鼻を鳴らして、ビジテは再び目の前の地図に視線を落とした。

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