祈りの歌姫と紅き竜 12
謁見の間が大広間や廊下よりも質素であるはずもなく、天鵞絨を思わせる天幕や大理石のような床、設えられた調度品は言うに及ばず、中央に一つだけある玉座は、黄金に縁取られ、装飾には宝石が使われていた。
「あの宝石は、魔力の結晶です」
イヨトンが囁く。
「魔力?魔瘴ではなく?」
魔瘴とは、野生の動物を魔獣化させる力の流れである。魔瘴によって自然の生物は魔獣化し、人間に対して危害を加える存在となる。その過程で、知能を有したり言語を獲得したりする場合があった。
タジが打ち倒した神の眷属を称する竜、ガルドもまた魔獣であった。ガルドは地帯の領主となり、その一帯に噴出する魔瘴を一身に受けて個の暴力を不動のものにしていたが、タジによって倒され、その結果、ニエの村周辺はガルドに集中していた魔瘴が解放されて魔獣が生じるようになる。もともと魔瘴という力の流れは時と場を選ばず突然噴出するもののため、ガルドが倒されてからは魔瘴の影響が村を襲ったのだった。
それも今はイヨトンの所属する白鯨の騎士団、その第二中隊長であるムヌーグの騎士団によって、落ち着きを取り戻しつつある。今ごろはニエの村を振興させるべく、アエリ村長が中心となって盛り立てているところだろう。アエリの手腕に疑う余地はないが、社会や経済の発展には運の要素がつきまとう。しかし、宿場の行商人の多さを思い出せば、タジが憂うのもバカバカしいことだった。
「魔瘴とは理性のない獣を人間に害を及ぼす存在へと変化させる力のことを言いますが、魔力とは自然の力です。そこに人間に害を及ぼそうという意志はなく、純粋な力であるために人間にも扱うことが可能なものです」
「おっ、何かようやくらしい用語が出て来たじゃないか」
タジの目がキラリと輝く。
「それで、魔力というのは具体的にどんな力を有しているんだ?」
「間もなく王がお出でになります、余計な私語は慎むように」
玉座の隣に控えていた騎士の一人がタジとイヨトンを諫めた。二人は玉座の前で腰を下ろし、頭を垂れて王の到着を待っている最中だったのだ。
「だそうです、詳しい話はまた後ほど」
「ちぇっ」
タジの露骨な舌打ちに顔をしかめたのは玉座の隣の騎士だった。よほど規律を重視する者と見える。しかしながら、当然そのような性格でなければ玉座の隣に控えて謁見の間を守護する大役など任されようはずもない。
ややあって、レダ王が謁見の間に降りてきた。玉座の背後にかけられている噴水を象った国旗に礼をし、玉座に着く。玉座の大きさは結構なものだったが、レダ王にはちょうどいいくらいの大きさであるようだ。アルアンドラよりはわずかに小柄なものの、外見からでも、その王の内包する力の奔流のようなものが感じられた。
人はそれを単純に力と言ったり、権力と言ったり、あるいはオーラと呼んだ。
自分の視線が王の持つ力によって否応なしに吸い込まれる。良い意味で目が離せなくなるという経験をしたのは、タジにとってそれが初めてだった。
タジが鷹揚な態度を取らないかと多少心配のあったイヨトンだったが、どうやらそれは杞憂だった。レダ王が玉座に座るころには、タジの横顔は真剣そのものという表情で、そこにははっきりと敬意が見て取れた。
これが王の力だ。
イヨトンは、なぜか自分のことのように誇らしさを感じてしまう。
「イヨトンよ、タジの同行ご苦労であった。二人とも、楽にしてよいぞ。堅苦しいのは苦手なのだ」
「王よ、それでは他の者に示しがつかないでしょう。その玉座の意味を不必要に歪めては、他の王をいたずらに混乱させかねません」
自然と言葉遣いが敬語になっているのに、タジ自身気づいていなかった。
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