祈りの歌姫と紅き竜 13

 窮屈に感じていた腰を下ろして王を迎える恰好も、王を前にすれば当然の作法のように感じられる。王が個人に内包する力は、その器の大きさによって決まる。だとすればレダ王の器は相当のものだとタジは思う。

「他の王のことも聞き及んでいるか。イヨトンだな」

「は」

 イヨトンが短く答える。

「では、俺が自ら指名して今日のこの場を設けさせてもらったのも、タジには伝わっておろう」

「聞き及んでおります」

「そうか。ガルドを倒した男というからもっと化け物じみた巨躯を想像していたのだが、いまいち信用に欠けるな。イヨトン、その男は本当にタジなのだな?」

「間違いなく」

「ふむ……」

 あごに生えた髭を撫でて、レダ王は思案顔である。

 タジは何かに気づいたように微笑んで、それからにわかにその場を立ち上がった。

「イヨトン、レダ王はどうやら俺を疑っているようだ。これは困ったなァ、俺が俺を証明できることなど、この世界ではたかが知れている。何に名を馳せているかと言えば、ガルドとかいう矮小なドラゴンを倒したことくらいのものだ。であれば、だ」

 体に闘志を巡らせると、控えていた騎士たちが軒並み反応する。己の腰に佩いた剣に手をかける者、盾をもって王とタジとの間に駆け入る者、槍を両手で構えて腰を低くする者……王もまた、玉座のひじ掛けに乗せていた両手をギッと握りしめて、今にも立ち上がろうとしている。

 権威と威厳に満ちた謁見の間は、一瞬にして戦場へと変貌し、唯一その場に控えていた政務官のみが、門外漢とばかりに頭を抱えてその場にしゃがみ込んでいた。

 周囲の臨戦態勢に満足したタジは、体を緩めて胸の前で両手を叩いた。

「失礼いたしました、レダ王。これが最も分かりやすいかと思いまして」

 タジが再び膝を折ってその場に恭しく座ると、騎士たちは揃って困惑の表情を見せる。それがタジの降伏なのか、偽装なのか……何を意味しているのかが分からなかったからだ。

 ただ一つ、その場にいる全員が共通して思うことは、タジが構えを解いて座ったことで、自分の命が失われずに済んだという実感がありありと感じられたということだった。

 王の危機を前にして、その脅威に対し身構えるのは当然のことだ。例えその脅威に全く歯が立たなくとしても、それが騎士の務め、王の護衛である者の務めである。それと同時に、敵対して初めて絶対に敵わないという諦めにも似た恐怖を全員が感じてもいた。

「こちらこそ、余計な手間をかけた。実際に相対してみないとその強さは分からないものでな」

 レダ王は快活に笑う。王の言葉にはいくらか嘘があり、それは王自身はタジの実力を明らかに理解しているということだった。一見して素性も実力も定かではない者が、王を前にして謁見する。それがある者にとって王という存在への疑惑となるのならば、それは払拭されなければならず、対処の最も簡単な形として「その場で実力を見せつける」ことをタジにさせるように演じたのだ。タジはそれに乗じて見事に演じ、王の威厳と自分の実力とを存分に見せつける。

 こうして、タジはその場で認められるのだった。

「あえて言葉にすることでもなかろうが、タジがその気になればこの場の者など一呼吸のうちに全滅させることができよう?」

「あえて言葉にはしませんが」

 レダ王の一振りの腕によって、その場は再び元の謁見の間となる。

「さて、では本題に入ろうか」

 レダ王が一つ大きな呼吸をすると同時に、タジたちの背後にある大扉が勢いよく開かれて、疲弊しきった一人の急使が大声で叫んだ。

「緊急の報告です!」

 急使は直接王に駆け寄ろうというところを扉の脇に控えていた騎士によって抑えられた。

「何があった、その場で申せ」

 レダ王が謁見の間に響き渡るように急使に語り掛ける。その低い響きは自然と人を落ち着かせる慈愛に満ちていた。

 騎士に両脇を支えられて、立っているのもようやく、という様子の急使は、声をわずかに擦れさせながら、それでもその場の全員に聞こえるように言った。

「祈りの歌姫が……紅き竜にさらわれました!」

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