祈りの歌姫と紅き竜 11
下ろされた巨大な跳ね橋に併設された詰所には、黄色を基調とする騎士がおり、イヨトンの存在を認めると直ちに敬礼をした。図体ばかりがデカく頭の方が大分疎かに見える種類の騎士団員で、タジはその存在にどこか不安定なものを感じていた。
体からビシッという身を引き締める音が出ているのかと思うほどの大男による敬礼の裏、詰所の入口から別の騎士が現れる。大男に比べて明らかに細く、頭が妙に細長い。もやしのような細男もまた、イヨトンを発見すると身を縮こまらせるようにして敬礼するのだった。
鷹揚に挨拶をするイヨトンの横に従って、タジは苦も無く城内に入ることができた。磨かれた石造りの床に、深紅に金色を散りばめた絨毯、細工物の燭台から王座へと続く階段の手すりにいたるまで、華美な装飾が施されている。大広間の天井は高く、壁に沿って置かれている甲冑は……置かれているのではなかった、実際にその甲冑の中には人がおり、大広間の警備のためにいるのだ。目の前に見える階段の踊り場、その壁には国旗だろうか、赤と橙を混ぜた炎を思わせる噴水が描かれている。
「豪華なものだ」
「王城が華美なのは当然です」
この国で最も権力をもつ者が倹約と節制を旨とすれば、たちまちその権威は失われる。また、倹約と節制が褒めたたえられ賢王と評価されればされるほど、金のある商人や貴族も迫害を怖れそれに倣う。使われない金はドロドロになった血液と同じで、人から人へとスムーズに流れる間は良いものであるのに、流れが滞ると途端に悪者になってしまう。ともすれば末端が壊死してしまうことすらあり、それを防ぐためには、権威あるものが金を使うことで金が社会に滞りなく流れることが悪ではないということを示し続けなければならない。
程度問題はあるだろうが、きっとうまくやっているのだろう。
「しかし、やはりと言ってはあれだが、中世なんだな……」
「チュウセイ?どういう意味ですか?」
「いやこちらの話。豪奢な城を想像すると大抵はこういう形に落ち着くんだな、ということさ」
貴族制と君主制の狭間で揺れ動く政治形態、と想定するには、眠りの国には城が一つしかなく、そしてその城はあまりに豪奢である。四人の王という言葉の意味を改めて計りかねて、大広間にかけられたシャンデリアをぼんやりと眺めているうちに、イヨトンが手続きを済ませて戻ってきた。
「さあ、謁見しましょう」
シャンデリアの意匠に目を奪われていると勘違いしたイヨトンは、再びタジの耳を引っ張って歩き出す。
「いたたたた、痛い痛い!大丈夫、もう目移りしないから!」
「本当ですかァ?」
「本当だって!謁見だろ、四人の王と謁見するのか?」
「今日を選んで運が良かったですよ、今日の玉座にはレダ王が座っておりますから」
「レダ王?」
「赤の騎士団を擁する、四人の中で最も熱血漢な王です。武芸に秀で、その勇ましさは国を越えて轟いております」
「熱血漢……苦手な種類かもしれないな」
「レダ王はタジ様の武勇も聞き及んでおいでのようです。今日の玉座を自ら望んだのかも知れませんね」
「別日にすれば謁見は別の人になるのか?」
「もう手続きは済ませましたので、わがままを言わずについてきてください」
「はい……」
会話の最中にも二人の脇を忙しそうに女中や下働きの子どもが通っていく。皆一様にイヨトンには目を伏せるように礼をし、その隣にいるタジに対しては、眉をひそめて、、通り過ぎた後も必ずタジの後ろ姿を見るのであった。
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