祈りの歌姫と紅き竜 10
ゴードにとって、タジとイヨトンをどのようにもてなすかというのは、決して易しい問題ではない。いつだって商人は取引相手を値踏みするもので、その値踏みが適当でない場合、最悪破産を覚悟する必要すらある。商売の種になるか、あるいは己を脅かす敵になるか、それはその時になってみないと分からないのだ。
タジに対する厚遇は、ゴードがそれだけこの出会いを大切にしたいと思っている証でもある。飯店の食事は目を瞠るほどに美味く、そしてそこには見栄も驕りもない。商会が、少なくともゴードがタジを上客であると考えているのだろうというのが、食事の質からうかがえる。
「旅の途中でもこのくらい美味いものが食べたかったぜ」
だからこそ、タジはゴードに対してこんな軽口も言えるのであった。
「それは身分違いというものでしょう。騎士団員ならともかくとして、一階の傭兵風情が旅の途中で飯店の食事を求めようなどと言うのは職務怠慢を疑われかねません」
ゴードもタジの言葉が本気でないからこそ諫言もできようというものだ。
「この国の住人はいつも朝からこんな良いものを食っているのか?」
「タジ様、ここは中央目抜き通りに建てられた飯店です。ここで食事をできる人は限られているのですよ」
ハシアのポトフに舌鼓をうつイヨトンが言う。確かに最も人通りの多い道に建てられた飯店のうちの一つではある。
「政治力の賜物ではなく、実力、ってことか」
「タジ殿のおっしゃる政治力とやらは私どもの商会で担保していますので」
「なるほど、理解した」
物事には順序があり、美味い飯を作れるところが権力をもって政治力を発揮し居場所を確保する場合もあれば、政治力がないが美味い飯を作れる者に商会が権力を保証する場合もある。いずれにせよ、この飯店の料理は美味いし、目抜き通りの一角を担うだけの実力も売り上げもある。それゆえに背後にある商会の名声も上がるというものだ。
世の中はうまく回るほどにうまく回る。
「いやあ、美味い飯だった。紹介してくれて本当にありがとう」
胸の前で手を合わせてごちそうさまをしながらタジが言う。
「いえ、こちらも騎士団ともども末永くお付き合いできれば、商会としては大変旨味のあるものでございますから。これからもよろしくお願いします」
ゴードとタジの付き合いは長くないし、旅の道中でも二人が会話をすることはあまり無かったが、ゴードはタジの性格をよく理解していた。何か裏がある時は、裏があるとはっきり見せてわざと茶化すこと。本音を隠さないようにすることが、タジの信頼を勝ち取る近道であること。
タジ自身もゴードの言葉にわざと本音を言っているといういやらしさを感じたものの、それがわざとだと分かる時点で、ただ言葉通りに受け取ればいいということを逆説的に理解する。
片方の口の端を上げて笑みと困惑を混ぜたような表情をするタジに、ゴードが満面の笑みを送る。商人らしい外連味のない笑みだった。
飯店を後にし、ゴードと別れて王城へと向かう。仕事熱心な職人と商人とで、目抜き通りの賑わいは相当のものだった。ひっきりなしに往来する人と物。物珍しさに視線をあちこちに奪われてしまうタジをイヨトンは何度も諫め、ついには耳を引っ張らるようにして王城へと向かわせる。
小さな子どものような好奇心の塊となったタジをひっぱるイヨトンは、そこに子を持つ母の苦悩を見た気がした。
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