【番外編】川のぬしづかみ 13

「調査をする、と言っても何を調査するつもりなんですか。研究者が何を調査するのか、タジ様には分かっていないでしょう」

 あきれたとばかりにムヌーグが言う。

 確かに、タジは研究者が何を調査するのか分からない。

「分からないが、今回の水棲魔獣に関してはムヌーグの知識に無いほど前例のない魔獣なんだろ?だとしたら、研究者も俺たちと同様に何を調査するか分からない可能性がある」

 魔獣発生の条件はそれほど難しくない。魔瘴と呼ばれるエネルギーがある生物の体内に取り込まれた時に、体組織の組み換えが行われて魔獣になる。魔獣という呼ばれ方の所以は、もともとがその場に棲む生物に魔がとりつくことによって生じるからだ。

 また、魔瘴は伝染する。生物が魔獣に捕食されずに傷をつけられ、魔瘴が傷口から取り込まれた場合、その生物も魔獣になってしまう。魔瘴は魔獣が倒されることによって気化、霧消するものの、そのエネルギーはどこかから突然現れるので、根絶されることはないと言う。また一帯の生物が全て魔獣化されることもなく、魔獣化の比率は最大でも一割ほどだと言う。

 何か大いなる意思が働いているように感じられるが、そういうものらしかった。

「魔獣発生の条件の中にある魔瘴は、水中に生じることがないんだったな」

「そのように言われています。ガルドが祝福と言っていたものが禊の泉の水で解除されたのも、その辺りが影響しているのではと言われていますが、それも調査してみないと分からないことですね」

「水棲の魔獣が存在することを考えると、魔瘴が全く水に弱いという訳でもなさそうだからな」

「ですから、魔瘴が水中に発生しうるか、その辺りのことも踏まえて、調査が待たれているわけです」

「うし、じゃあそれがまず調査すべきことだな」

「えっ?」

「魔瘴が発生する可能性がある場所を探すのが一つ目だってこと。あとはそうだな……感染の可能性についても調査するのもいいだろうな」

「ですから、調査は専門家に任せるべきだと私は再三言っているんですが」

「専門家にも任せる。ただ、それまで全く調査をしない、となれば時間がもったいないだろ?俺が調べられることは調べておく。事前調査があれば研究者にとっても悪いことはないだろ」

 実際は現状を維持しておいた方が様々な要因の変化が起こらず、素人には見つけづらい痕跡が発見される場合もある。そういうものを不用意に消滅させないためには、事前の調査をしないようにしておくしかない。

 一方で、ぬしであった水棲の魔獣が既にタジによって倒されてしまった以上、調査対象はいなくなっている。調査を始めるのも後手に回っている以上、痕跡自体が風化してしまうことも考えられた。だとしたら、素人目線だとしても痕跡の濃いうちに調査出来る者が研究者の到着を待たずにしてしまった方がよい、という考え方もできる。

「それは……」

 事前調査に対しての選択肢はどちらも蓋然性が高い。ムヌーグにはそのどちらを取るべきかを決めるだけの十分な知識がなかった。二つの選択は好みの問題であり、どちらにも傾きうる賭けの要素がある。

「ムヌーグ様、タジさんの言うことはもっともだと思います」

 そういう時は、第三者の視点に任せる方が良い。

 トーイの言葉はやや感情的になっている二人の間にあって客観的だ。トーイが納得を言葉にしているということは、少なくとも事前調査自体を行なったことは後から来た研究者に対して説得可能だということでもある。タジの言葉を聞いてもっともだと言うのだから、ムヌーグが説得できない訳がない。

 ムヌーグはトーイとタジの顔を何度も見比べるように繰り返し見て、それから一つ大きなため息をついた。

「分かりました。それでは、タジ様に川の事前調査をお任せします」

「任された、できるだけ詳細な調査をしてこよう」

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