【番外編】川のぬしづかみ 12

「全く……昨日の今日と言うか舌の根の乾かぬ内と言うか……」

 夕方。教会の鐘が日没を告げ、その扉が閉まるころに教会を訪れたムヌーグは、礼拝堂の中央で正座するタジを見て、怒る気力も失せてしまった。

「いやー、だってなぁ?子どもたちにとって川は大切な遊び場なんだよ」

「それは私も重々承知しています。川で遊ぶことが子どもたちの社会性を涵養するものであると、確かに村長もおっしゃっていました。ですが、物事には優先順位というものがあるんです」

 村長宅を出てからクレイに出会っての顛末を説明すると、ムヌーグはため息交じりに説明した。物覚えの悪い子に対して一から説明するようなムヌーグの言葉遣いに、タジはただただ恐縮するのみである。

「でもそれは大人の優先順位だろ?子どもの視点に立って考えたら……」

「何ですか?あなたは自分が子どもの味方だと言いたいのですか?細かい説明は省きますが、現状は簗の下流に橋を架ける一手です。同時に、調査に関してもきちんとした研究者による調査が必要なのです。これは今だけではなく今後の役にも立つこと。調査によって魔獣の実態が明らかになれば、その情報が他の地域に伝播して、より速やかな対処が出来るようになるでしょう。それは他の地域の子どもたちの大きな助けになる可能性もある。そういう事を考えられないのですか?」

 説教好きに主導権を渡してしまった結果である。正論による暴力は、見えない刃となってタジの脳に直接突き刺さる。

「直情的なのは分かりますし、それが今この場にいる子どもたちにとって最良の選択肢ではないことも承知しています。それでも、それに優先されるべきことが明確にあるのであれば、後は子どもたちに分別を教えるべきなのではありませんか?というよりも、分別を弁えるべきはあなたですよ、タジ様」

「だああああ!!!ンなことァ、分かってるわい!」

「分かっていないから言っているんです!全く、大声を出せば何とかなると思っているなどと、それこそ子どもではありませんか!」

 礼拝堂で怒鳴り合う二人の大人の様子が気になったのか、自室からトーイが姿を現した。神学の勉強をしていたのであろう、手には一冊の経典を持っている。

「お二人ともどうしたんですか、大人げない」

「ムヌーグが正論で暴力をふるってくるんだよォ」

「図体だけ大きな子どもに何が大切なのかを説明していたところですよ、トーイ嬢」

 大人げない、と言ったのは声を荒げていることに対しての反応だったのだが、その後のセリフがトーイの思いを一層強くさせた。

「よく分かりませんが、互いに歩み寄る道はないのですか?」

「俺は出来るだけ早く、子どもたちに川で遊ぶ自由を取り戻してやりたいんだ」

「だとしたら、問題は調査の期間をどれだけ減らせるかという事ですね。しかし調査自体をしない訳にはいきませんし、調査団がこちらに来るまでも時間がかかります。それはどうしようもありません」

「……それだ!」

「タジさん、何がそれなんですか?」

「熊を探しに行く名目で、俺とクレイが調査をすればいい」

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