【番外編】川のぬしづかみ 11
看板の方に戻ると、子どもたちはいなかった。
川で遊べないことが分かりきっているのだから、いつまでもそこに留まる必要もない。どこか別の場所に遊びに行ったのかと辺りを見回すと、川辺で一人、座ってジッと川を見つめる男の子の姿があった。
「どうした、クレイ。寂しさで背中が縮こまってるぞ」
「ああ暇……じゃなかった、兄ちゃんか」
一緒になって隣に腰かける。
「他の一緒だった友だちはどうした?」
「みんな帰っちゃったよ。川遊びできないなら家のことを手伝うって言って」
「クレイは帰って仕事を手伝わないのか?」
「……俺ん家は手伝うことないから」
タジは気づいた。
クレイが他の大人たちと違ってタジを暇人と呼ぶのは、彼自身がそうだったからなのだ。子どもが誰から言葉を獲得するのかを考えてみれば一目瞭然で、自分にもっとも近い大人……つまり親から言葉を学ぶ。大人の口癖がそのまま子どもの口癖になることはよくあることで、子どもの口をついて出る言葉は、つまり大人に普段から言われている言葉だ。
つまり、クレイは他の子どもにくらべて、暇なのだ。
それがどのような理由で暇なのかはタジには分からない。他の子どもたちはやることがある。大人の手伝いがあって、それは普段からやれることだ。時として遊びより優先されるとあれば、それは全く仕事と同義である。
一方で、クレイにはそれがない。ないから、遊びの中にあることがクレイにとってもっとも忙しく、そして楽しく、かけがえのない時間なのだ。クレイは友達の名前や特技を覚えるなんて当たり前だと言っていたが、そうではない。当たり前にさせる条件が揃っていた、ということだ。
「クレイの家はどんな仕事をしているんだ?」
「父ちゃんは騎士団で働いていて、今は家にいない。母ちゃんはエッセの家の手伝いをしてる」
エッセの家、ということは宿屋の手伝いだろうか。両足を失った夫妻は二人とも気丈夫で、失った足を補ってあまりある精力をもって仕事に励んでいたものの、どうしても出来ないことは生まれてしまう。そのためにエッセは家の仕事を以前に増して手伝うようになったわけだが、それでも宿屋業は大変だ。そこで、村人が暇を見ては手伝っている訳なのだが、クレイの母もそのうちの一人らしい。
「お前も一緒に手伝いにいけばいいじゃないか。エッセもいるんだろ?」
「行こうと思ったし、行くって言ったんだけど、母ちゃんがどうしてもダメだ、って」
「なぜ?」
「分かんない。どうしても、って言って教えてくれなかった」
手伝いに行けない理由がクレイに分からない以上、タジにも分かるものではない。クレイが仕事に差し障りがあるほどに変なことをするとも思えないが、タジが知らないだけでそういう一面があるのかも知れない。
「どうしても、っていうならダメなんだろうな」
「みんな仕事してるのに、俺だけ仕事がないんだ……」
「川以外で遊ぶところはないのか?」
「村の外は魔獣がでるからダメだ、って。で、村の中にある川なら大丈夫、って話だったんだけど、熊がなぁ……」
川が子どもたちの唯一の大勢で遊べる遊び場だったということだ。
場所が無くなってしまえば、その場所が作っていた社会や人間関係もまた失われてしまう。今起こっていることは、そういう事だった。平和だったはずの川が危険になってしまったために、そこにあった人間関係が失われようとしている。それは誰より子どもたちに影響を及ぼし、クレイが途方に暮れる。
ムヌーグの言った研究者による研究によって、川にどのような平和が訪れるかは分からないが、問題はそこまでの時間だった。人間関係は、築かれた時間に比べて、崩れるまでの時間はあっという間だ。
「……じゃあ、熊を探しに行くか!」
「ええ!?」
「こんなところでうじうじしてても仕方ないだろ!仕事がないなら自分で探す、それでもないなら自分で作る!出来ることをやるんだよ!」
「でもオレ……熊なんて倒せないよ……」
「誰が一人でやれ、って言った?暇な奴は、お前だけじゃないだろ?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます