【番外編】川のぬしづかみ 10
「いずれにせよ、大人も当然ですが、子どもを不用意に川に近づけさせない。現状の予防策としてはこれ以上のことは出来ません。今後の対策に関しては、眠りの国の研究者の方に嘆願書を提出して、調査研究の後、決めていきたいと思います」
「書類は今作ってる最中ちゃーん」
「その間、子どもたちは川遊びができないってことか」
書簡のやり取りから研究者の派遣、調査からの対処法確立、段階を踏めば踏むほど時間がかかることは明確だ。安全性のためを思えば背に腹は代えられないという意志だろうが、羹に懲りて膾を吹くとも言う。初動の失敗を取り返そうとするような丁寧な対応は、時として拙速に負ける。
「子どもだけでなく大人たちもです。子どもたちは遊びに使っていただけですが、大人の方は船による物資の渡しが出来なくてかなり厳しい問題なのですよ?下流に作られた橋は壊れないように重量制限を設けていますので」
「今は簗ちゃんの付近にもう一つの橋ちゃんを計画中よ」
「おいおいそれじゃあ簗が使い物にならなくなるじゃねぇか」
「そうは言っても、現状の不便は改善できるのであれば改善するのが良いことは分かりますよね」
「それはそうだけどよぉ」
次々と出される二人の施策案は、どれをとっても子どもたちを窮屈にさせてしまう。大人の事情も分かっている以上、悩ましい問題であった。
「遊び場がなくなるのは寂しいと俺は思うぜ?」
「……善処はします」
辺鄙な村の子どもたちがのびのびと遊んで暮らしていることに、ムヌーグが微妙な心持ちになっているのがタジには見てとれた。もしかしたら、この世界では子どもが遊んでいることが贅沢だとする風潮があるのかも知れない。
「遊べるうちは遊ばせておいた方がいいと俺は思うけどな」
「……私にはそういう自由はありませんでしたから」
若くして騎士団の一角を任されるムヌーグの子ども時代がいかなるものであったか、それを実感としてタジが知るのは難しい。だからと言って、自分の自由が無かったことを理由に後の子どもに同様の思いをさせてよいものでもない。
「言ってくれりゃあいくらでも遊んでやるよ」
「あなたは子どもの相手をするくらいに暇かも知れませんが、これでも私は忙しいのです」
タジの言葉が優しさだと分かっているからこその軽口。アエリの言う通り、会話に妙に信頼できるところがあるのが、二人とも不思議なのだった。
「そうかい。じゃあ、暇な俺は子どもたちの様子でも見に戻るとするよ」
「なんならタジ様が本当に熊の役で子どもたちの前に出ても構わないのですよ」
「それで何になるってんだ」
「鍛えれば戦力になります」
「……子どもたちがそれを楽しいってんならやってやるよ」
「楽しくさせるのが教育者というものです」
「残念ながら俺は教育者じゃあないんでな」
それじゃあ、と言い残してタジは村長宅を後にした。部屋の戸が閉まる直前に、奥の方から声が聞こえた。
「ねえ、私にも少し休憩時間が欲しいちゃん」
「午前中のノルマが達成できなければ昼休憩も無しですよ」
「ヒエッ……」
ご愁傷さま、アエリ村長。
ムヌーグの容赦無さにこれ以上巻き込まれないよう、そっとアエリを見捨てて、タジはその場をそそくさと立ち去ることにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます