【番外編】川のぬしづかみ 7

 翌日、陽が半分ほど上ったころに起きたタジが簗の様子を見に行こうとすると、川岸に木の看板が立てられているのを見つけた。そのそばで子どもたちが一様に簗が作られた川の方を見ている。

 昨晩のうちに魔獣であった川のぬしは退治した。それで簗が壊れているのならば、そこには間違いなく村人による政治力が働いている。アエリがまたぞろ何か考えているのだろうか、と思いつつ看板に近づく。

「あ、暇人の兄ちゃん」

 声をかけるクレイの口を手のひらでがっちり鷲掴みにして持ち上げる。何事か必死に話そうとし、タジの腕にしがみつくものの、全く離れず、ついには観念してしまった。その姿を見ていた他の子どもたちは顔を真っ青にしている。

「暇人、って言ってみろ。こいつみたいになるからな」

 こういう時は優しく笑顔で言うのが一番破壊力がある。

 クレイを片手に貼りつかせたまま、タジは看板を読んだ。


「熊出没につき、川への立ち入りを禁ずる。川を渡る際は、下流の橋を使うべし。」


「……は?」

「昨晩、川に熊が出たらしいんです」

 子どもたちの中では比較的年上の女の子二人が代表して説明した。

「この川にはそこにある簗を壊してしまうほど巨大なぬしがいて、川が人間によって荒らされると、ぬしが怒るんです」

「ぬしはすっごい強いらしいんですけど、でもでも何かぬしを倒しちゃう熊が突然現れて、ぬしをわしづかみにして食べちゃったそうなんです!」

「今朝、ムヌーグ様が自ら看板を立てにいらして、それでわざわざ私たちにも注意をしに来てくれたんです」

「つよーいぬしを狩る熊が日中現れないとも限らないから、騎士団の人に任せてほしいって!ムヌーグ様カッコよかったなぁ……」

「私たちはいつも川で遊んでいるから、じゃあどうしようか、って皆で途方に暮れていたんです」

「クレイなんかもう大騒ぎで、『ぬしを食べられないだなんて!』って看板を食べちゃうんじゃないか、って勢いでした!」

 興奮ながらに説明する二人の話を聞いているうちに、タジは頭痛に襲われるのを自覚した。

「あー……なんだ?」

 言葉に詰まって、わしづかみにしたクレイの方をみると、クレイは恨めしそうな目をしてこちらを見ている。拘束を解くと、顔をマッサージしながら吐き捨てるように言った。

「そういうこと。食いしん坊なつえー熊が川のぬしを食っちまったの。あーあ、俺がぬしを捕まえたかったのになぁ!」

「熊じゃ仕方ないよ。騎士団の人が退治してくれるまで待とう?」

「そーそー。だいたいクレイは弱っちぃんだから、ぬしなんか捕まえられっこないって、アハハ」

「なんだとー!イメルナなんか魚が捕れなきゃただの役立たずの癖にー!」

「なっ、なんですってー!!」

 年長組の取っ組み合いのケンカが始まる、というところで、タジはその場を立ち去ろうとした。

「あれ、帰るの?」

 暇人、と言いそうになるところをクレイは両手でおさえて飲み込んだ。

「ああ、別件の用事を思い出した。お前ら、ムヌーグの居場所を知らないか?あるいはムヌーグが今日どんな予定があるのかとか」

「用事があるのにムヌーグ様の居場所が分からないんですか?」

「きっとアレよ、サプライズプレゼントよ、キャー!」

「あー、まあそういう感じで頼む。で、知らないか?」

 イメルナと呼ばれた女の子の放つ雰囲気に多少気圧されていると、クレイが代わりに答えた。

「朝看板を立てているときに『村長と話し合いをする』って言ってたよ」

「分かった、ありがとうな」

「兄ちゃんが熊を倒してくれるんじゃないの?」

「熊を倒すのは騎士団がやってくれるだろ」

 熊がいればな、という言葉は胸の内にとどめておくことにした。

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