【番外編】川のぬしづかみ 6

 初めて何かをする場合、先駆者の模倣が有効なのは言うまでもない。クレイの追い込み漁はなかなか堂に入っていた。気配の殺し方、流れの読み方、魚群の見つけ方……研ぎ澄まされた嗅覚のように魚を狙い、追い詰める。天性のものも寄与はしているだろうが、純粋な経験の蓄積によるところが多いようにも見える。

 とは言え、タジの場合は経験の蓄積などない。クレイの見よう見まねでやってみるしかないが、条件が違うとすれば、川の中に確かに捕獲すべき対象がいることが分かっていることと、捕獲すべき対象が魔獣かも知れない、ということだ。存在をできるだけ隠そうとも、イヨトンほど完全に消せるわけではない以上、捕捉はできる。魔獣であるがゆえに漂う気配のせいで、自らの身を危うくさせてしまっているというのは悲劇だ。もっとも、魔獣の漂わせる気配を察知するなどという芸当ができる人間も多くはないのだが。

 追い込み漁をする気はない。ただ、脚を水に浸して、川の流れの変化を捉えられればよかった。大岩の下流に立ったのは、そこがもっとも水の変化に対して敏感に察知できるためだ。クレイがいた場所は、肌で川の変化が分かる場所でもあったのだ。子どもの感覚は侮れない。

 佇む。

 月が雲に隠れると、ぬしの気配は濃くなる。視覚による感覚が消えることで他の感覚が鋭敏になるということではなく、ぬしの気が緩んでいるようだ。人間が視覚ばかりを頼りにしていることを分かっているかのようなふるまいである。

(あの辺が、ぼんやり黒く光っているんだよな……)

 大岩から更に上流に十歩ほど、見た目には分からないが、そこだけ一段深さを増している。川岸がその部分だけ岩だらけになっており、渓流を思わせる。

 そこの水が、月光が隠れるたびにぼんやりと黒く周りを照らしていた。闇が濃くなり、川面が持ち上がって膨らんでいるように見える。

 しかしそれだけだった。

 その気になれば気配のする辺りの川の水を全て掬い取ってぬしを月光の下に曝すこともできるのだが、それではあまりに目立ちすぎる。起きた村人が何事かと川に押し寄せられても面倒だ。

 勝負は一瞬、できるだけ静かに、速やかに。であれば、間合いをいかにして詰めるか。他の魚は既に眠っているだろう。

「魚が寝ている……?ああ、そうか」

 なぜ暗くなると気配が濃くなるのか。それは全く油断からのことだとタジは直感した。

 生物は眠る。それは魔獣も変わることはない。つまり、月が雲に隠れて闇が濃くなった時だけ、ぬしはわずかに気を緩めて気配が漏れるのだ。

 直感が外れていても、もう一度睨めっこをするだけだ。気配が追える以上、夜が明けるまでなら何度でも挑戦できる。

 そこから月とタジとぬしによる「だるまさんが転んだ」が始まった。

 月光が遮られた時だけ、タジは静かにゆっくりとぬしの気配のする岩の川岸に歩み寄る。雲の流れと量を目算し、動ける時間をできるだけ動けるようにする。最初はおっかなびっくりだったものの、ぬしに動く気配がないのが分かると後は児戯だった。遡上するために水が人間の気配に汚れないのも奏功し、何度かの雲による遮蔽の後、タジはぬしを目視できるところまで近づいた。

 次に月光が川面を照らすときが合図だ。

 殺気を押し留めて、ぬしを正面に捉える。

 月が、現れた。

 タジの殺気が水面から音もなくめり込み、指を鉤状にした片手がぬしを捕える。ぬしが殺気に気づいたときには既にがっちりとタジの指が鱗の隙間に食い込んでいた。

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