【番外編】川のぬしづかみ 4
複数人で簗を使う時はもっと効率よく捕るのだとクレイは言った。
「簗の脇に数人待たせておくと、そっちに逃げる分の魚も捕れるんだぜ。下手な奴だと逃がしちゃうんだけど、ノンナやイメルナは上手く捕るんだ」
斑点模様の下顎を受け口のように突き出した魚が特に美味いのだという。
簗を作る時に出た木端を集めて焚き火にすると、火に直接当たらない辺りに枝で串刺した二尾の魚を立てかける。
「イメルナは魚を焼くのも美味くて、俺が焼いたときよりも身がふっくらしっとりしてるんだ」
「クレイもそうだけど、ずいぶんと逞しいんだな」
魚の捕り方、捕った魚の料理の仕方、簗の修理方法。彼らの遊びは生活に根付いたものばかりだ。もっとも簗の修理が遊びになるかと言われれば微妙かも知れないが、少なくともクレイは楽しそうだった。規模の大きな積み木や工作と思えばワクワクする子どもが出るのも頷ける。
「逞しい?」
「小遣い稼ぎって言うけど、ちゃんとやりゃあ商売の種銭くらいにはなりそうだってこと」
「それは大人が捕らないからだよ」
なるほど、とクレイは思う。
大人が簗を使って本気で魚を捕り始めてしまうと、それこそ季節の仕事として川魚を捕り始めてしまうと、子どもの遊び場が奪われる以上に、川魚の漁獲量が増え過ぎて魚が減りすぎてしまうのかも知れない。
「この川はあんまり魚が多くないんだって、父ちゃんが言ってた。だから魚を追って川を下って村に来る獣もいないらしいよ」
「なるほど、確かに考えてみると川を下って獣が村を襲いに来ることはなかったな」
不眠不休で魔獣と獣を追い払っていた辛い出来事を思い出す。村を襲いに来る獣は必ず地上からやって来ていた。水棲の魔獣というのも見なかった。
あるいはタジの知らないだけで、水棲の魔獣は存在しており、今こうして川のぬしとして我が物顔に簗を破壊しているのだろうか。
「あ、そろそろ返さないと焦げちゃう」
熱さを我慢しつつ、魚の火が当たる側を返す。程よく焦げ目のついた表面に、わずかに脂が滴っている。
「美味そうじゃないか」
「イメルナは皮をパリッと焦がして脂を逃がさない焼き方をするんだよ」
「イメルナとかいう子はそれだけで生きていけるんじゃないか」
「祭りの時にもイメルナの料理は人気だったよ」
なぜか自分のことのように得意になっているのが微笑ましい。
「火の扱い方がめちゃくちゃ上手なんだよ」
「ふむ、それは天性の勘なんだろうな」
それからもクレイは他の友人について、自慢するように喋った。ノンナは優しい子で細かい作業が得意、アグメは木登りが上手で誰よりも早く高く登れる、エッセは頭が良くて皆のお兄さん的な存在、ギギエンは長い棒を剣や槍のように扱うのが上手く、将来は眠りの国に行って騎士団に入りたい……。
「クレイは村の子どもについて何でも知ってるんだな」
「当たり前じゃん、皆知ってるよ。あ、ほら魚焼けたよ!」
その当たり前がどれだけ眩しく、羨ましいものか。焼きたての川魚を一口頬張ると、パリッとした皮の中から引きしまった魚の身が含む旨味があふれてきた。新鮮なものをその場で調理したものにしか味わえない、素朴で力強い味わいだ。
わずかに焦げた皮が口の中に苦みとして広がっていく。それも川魚の淡泊な味わいを引き立たせている。
「美味いなァ」
「これからもっと美味くなるよ。中には腹に卵が詰まってるのもいて、それがまた美味いんだァ!」
背びれをつまんで外し、背中からガブリと噛みつくクレイの食べ方は贅沢そのものだ。口の周りを魚の脂で濡らしながら、こちらを見て笑う。
「うーん、ぬしはどのくらい美味いんだろうなァ!楽しみだなァ!」
「お前、食うつもりだったのか」
「普通の川魚でこんなに美味いんだもん、ぬしがどれだけ美味いのか、確かめなくっちゃ!」
素朴な探求心。
「お前は将来立派な食道楽になるよ」
「クイドウラク?なんだそれ?」
「良いんだ、こっちの話。ま、お前にぬしは捕まえられないから夢は夢として諦めるんだな」
「子どもに川魚ご馳走になっておいて悪態つくとか、暇人無職は違うね!」
「お前の鼻に魚の腸を詰めてやろう」
「苦いし臭いからやめろぉー!」
川岸に、鼻声になったクレイの悲鳴が響いたのだった。
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