【番外編】川のぬしづかみ 3
怒りの矛先を昇華させると仕事は思いのほか早く終わるらしい。もっともその完成度に目をつぶればの話なのだが、もとより子どもの作業、大人が怒りに任せてえいやと作ったものでもそれなりに見えるらしい。
「しかしこんなんで本当に魚が捕れるもんなのかねぇ」
訝しむタジに、得意顔のクレイが答えた。
「捕り方が分からないんなら暇兄ちゃんに捕り方を見せてあげるよ」
「おう、もう一回その呼び方をしたらぬしの代わりに俺が簗をぶっ壊すからな?」
タジの言葉など聞かずに、クレイはズボンのすそをグイとまくり上げて、簗の上流から音を立てて川に入っていった。急流ではないとはいえ、全く流れていないとも言えない川だ。足を滑らせたら子どもくらい簡単に流れてしまう。いつ流されても即座に動けるようにタジは準備していたが、川の真ん中辺りまで両腕で水をかき分けるようにして歩いて行ったクレイを見ていると、慣れた体捌きである。臍よりも上の辺りまで水に浸かって、簗から少し離れたところでタジに向かって両手を振っている。
「ズボンをまくる意味はあったのか?」
「それじゃあ追い込んで行くからねー!」
快活な大声が川面に響いた。返事の代わりに片手を上げてグルンと回すと、クレイは直前とはうってかわって真剣な表情になり、川面をジッと見つめた。
小波が陽光を反射してキラキラと鱗のように輝いている。クレイの佇むちょうど上流に大岩があり、それが川の流れを複雑にしているのだ。大岩に塞き止められた下流側は、両側から渦巻くような流れになっており、そこから水はぐるりと混ぜられているようである。クレイが見つめているのは主にその渦巻きから下流にかけてである。
簗を作り上げたときにかいた汗がすっかり引いて、風が気持ちよく感じる。タジはクレイが水に足をとられて溺れたり流されたりしないだろうかと注視する。しかし、クレイはその場に立ってピクリとも動かない。ただ川面をジッと見つめているだけである。入水してから結構な時間が経っている。場合によっては体温が奪われて体力が著しく落ちている可能性さえあった。
子どもの我慢強さとは思えず、もしや体調が悪くなったのかと声をかけようとしたその瞬間、クレイは簗と反対側の腕をバシャリと水面に叩きつけた。
「うおっ!?」
川岸でぎょっとするタジにわき目もふらず、クレイはわざと音を立てるように膝を上げて、上流の大岩に向かって川を遡り始めた。
遡上する間も簗と反対側の腕は川面を叩き、大岩付近に着くと、簗側の岸に向かうようにUターンし、今度は下流に向かってザブザブと歩き始める。
徐々に、タジの目にも何が起こったのかが見えるようになった。
水面からパシャリ、パシャリと魚が跳ねたのだ。それも一尾や二尾でなく、両手で数えきれないくらいの魚がいる。簗に向かって川を歩くクレイに追い立てられるように下流に向かって川を下る魚たちは、突然現れる簗に向かって泳いでいると言ってよい。
簗に塞き止められた水流は川に対して若干斜めになるので、その流れに沿って逃げる魚も結構いたものの、数尾は勢いに任せて簗の斜めになった丸太にうちあげられてしまう。
「ほおお……」
魚と共に簗に乗り上げたクレイは、慣れた手つきでうちあげられた魚を岸に向かってポイとすくい投げた。
タジの足下に投げられた魚は、子どもの二の腕ほどの大きさをした斑点模様の魚だ。簗を下りて岸にあがったクレイは腰に両手をあてて、得意満面である。
「すごいでしょ?オレは子どもの中で魚を捕るのが一番上手いんだぜ!」
「確かにすごいな、ちょっと見直した」
岸に投げた四尾を拾う。両親のために二尾は持ち帰るという事だったので、残りの二尾はこの場で焼いて食べてしまうことにした。
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