【番外編】川のぬしづかみ 2

 簗があるのは村の上流の方で、森に近かった。簗を形作る細い丸太の数本が真ん中から折られており、それはどちらかというと穴と形容した方が正しい。水辺に積み上げられた数本の丸太は、既にクレイが運んだものだろう。子どもが一人で持つ丸太にしてはかなり重量がある。周囲をよく観察すれば、ひきずってきた跡があった。

 この丸太を堂々と破壊するだけの力のある魚。子どもの腕ほどの丸太とは言え、いかだのように束ねればそれなりの強度はある。そんな束を折って穴をあける剛力、どう考えても魔獣の類だ。

「おい、やっぱり止めておこうぜ」

「どういうこと?」

「見た感じ、ぬしの力はとんでもねぇぞ。お前みたいな子どもがどうこうしても敵うとは思えん。諦めるんだな」

 アエリは子どもたちに「魚を捕りすぎたからぬしが怒った」と説明することで、川に近づけさせないようにしたのだろう。実際、クレイ以外の子どもは簗から身を引いて、親の手伝いなどをしている。今は人手が足りないこともあり、クレイのように自由にしている子どもは他にいなかった。

「やだよ、オレ頼まれたんだもん」

「頼まれた?」

「そう、簗を直しておいてって。みんな自分の仕事が忙しいから、オレがみんなの代わりに簗を直すんだ。でも、ぬしをそのままにしておいたら、またぬしが簗を壊すだろ?だからぬしを捕まえるの!」

「あー……直すのまでは手伝ってやるが、ぬしを捕まえることに関しては……悪いことは言わねぇから止めておけ」

 簗自体が単なる子どもの遊び場でなく、村の産業の一つになりうるとアエリが考えているのなら、騎士団の方にぬしの討伐依頼をしている可能性がある。水棲の魔獣がどのような力を持っているか、知性はあるかなど、懸念することは多い。それは子ども一人で対処できる範囲を超えている。

「じゃあいいよ、簗が出来たら暇人は雲の形でもなぞってれば」

「斬新な煽り方するんじゃねぇ、お子ちゃまが」

「何?それとも素直に腰抜けって言えば良かった?」

「お前のその煽りのボキャブラリィはどこで学んだんだこの野郎」

「子どもに煽られて悔しくなさそうだから腰抜けって言ってるだけなんだよなー!」

「……フッ、大人は自分が正しいと思っていれば子どもに煽られても痛くも痒くもないんだなァ」

「……無職」

「ンだとコラァ!」

 思わず繰り出しそうになった鉄拳を歯を食いしばってこらえる。クレイは得意になって挑発を繰り返す。

「無職の暇人はガキの使いもできないなんて……こんな大人にはなりたくないなー」

「ぐぎぎ……何と言われようと、手伝うのは簗の修復までだ」

「いいよいいよ、腰抜けだから仕方ないよ。ほら、オレの言った通りにしてよ」

「お前それ以上挑発したら元の顔の形が分からなくなるくらいボッコボコの泥人形にしてやんぞ?」

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