【番外編】川のぬしづかみ 1
眠りの国に向かう事が決まり、出立の日限まで暇になってしまった。
村の手伝いが何か出来ればと思い方々に掛け合うタジだったが、自主自立の精神が強いのかどこの仕事も手伝わせてもらえず、結果仕事にあぶれて昼間から川辺に寝転がって雲の流れるのを見ていた。
「兄ちゃん、暇なの?」
タジが空を過ぎる雲に名前をつけて三十個ほど経ったころ、足先の方から声をかけられた。上半身裸の男の子が、自分の腕ほどの太さの木を肩に担いで運んでいる。
「暇すぎて背中に根っこが生えそうだよ」
「村の大人は働いてるのに、なんで兄ちゃんは暇なの?」
距離が離れているので自然と大声になるのだろう、悪気が無いと分かっていても妙な居心地の悪さを感じる。子どもの純朴な質問に苦虫を噛みつぶしたような表情になると、タジは吐き捨てるように言った。
「暇な俺を村の人は使ってくれないんだよ」
「それじゃあさ、僕のことを手伝ってよ!一人で直すの大変なんだ」
タジは上半身を起こして大きく伸びをする。
「何を直すって?」
「これだよ、これ!」
男の子が指し示したのは、川に作られた簗だった。
細めの丸太を組んで作られた簗は、魚を追い込んで捕まえるための装置だ。川幅の三分の一ほどに丸太を敷き詰めて、流れに沿うように斜めに持ち上げていく。下流にかけて爪先上がりのようになるので、川の流れはやや塞き止められるが、コツを掴めば子どもでも簡単に川魚を捕ることができるので、ちょっとした小遣い稼ぎにはなるようだ。大きな魚を捕ると子どもたちの間ではちょっとしたヒーローになれる、という話を聞いて、タジは思わずほっこりした。
ただ、つい最近その簗の一部が壊れてしまったのだという。
「多分だけど、ぬしのしわざなんだよ」
「ぬし?」
森を外周に沿って少し進むと、ある場所から若木の生える地帯になる。そこから簗の修理に使う丸太を切りだしながら、タジが尋ねた。
「そう、あの川には昔からぬしが棲んでいて、あんまり魚を捕りすぎるとぬしが怒って簗を壊すんだ、ってアエリ村長が言ってたの」
「ほお、アエリがねぇ」
「それでね、兄ちゃん!」
切りだした丸太を麻糸で束ねながら、クレイと名乗った男の子は目を輝かせて言った。
「ぬしを捕まえたいんだ!」
「何で」
「簗と剣を使って!」
「いや、手段じゃなくて目的を聞いてるんだが」
「ん?」
「どうしてぬしを捕まえたいんだ?ってこと。」
「だって、簗を壊されたくないもん」
麻糸で束ねた丸太をタジが両腕で抱えて持ち上げると、その一端をクレイに持つように指示する。
「うぎぎぎぎ」
自分が持てる以上の丸太を束ねるからそうなるんだ、とタジは思いながら、丸太の重さに押しつぶされてガニ股になりながらも、必死に進もうとするクレイの後ろ姿を楽しんでいた。
「ったく、俺が持ってくれるだろうと思って欲張りすぎなんだよ」
「大人だったらこれくらい持てるでしょ!」
くくられた丸太は細いとは言え、麻糸でまとめられた分は一本の普通の丸太と大差ないほどだ。一人で持っていけるのはよほどの力自慢か、あるいはちょっと人間超えてるかのどちらかだ。
「バカ言え」
そう言いながら、タジはクレイにかかる丸太の重さがギリギリ歩けるくらいの重さになるように調整していた。
「ちゃんと持ち上げろコラ、そんなガニ股じゃ丸太に潰されんぞ」
「兄ちゃんがもっときっちり持ってよ!」
全身に力が入っているのか、クレイの声はどうしても大きくなる。
「ああ?手伝ってやんねぇぞ」
「そんなこと言ったら手伝わせてやんないぞ!」
「おう、言うじゃねぇかこの野郎」
クレイにかける重さを少し増やすと、呻き声をあげながらも前に進む。決して丸太越しに後ろを向いて非難の目を見せないクレイのことが、タジは少し気に入り始めていた。
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