狼の尻尾亭 08
「ずいぶん辛口評価なことで」
「評価を甘くして実戦で不測の事態に見舞われては元も子もありませんから」
踵から音が鳴るかのように振り返るムヌーグの顔はあくまで冷ややかだ。タジの言葉も予想の範疇といった様子である。
「今回戦ったのはゲベントニスだったか?彼?は戦う前に俺の殺気をあてられて失禁までしていたんだけど、それは加点対象にはならないのか?」
「なるほど、ゲベントニスは万全ではなかった、と。それは不測の事態として一考して然るべきでしょう。確かに私がタジ様に不意打ちを仕掛けるように命じたのはゲベントニスに対してです。そこで失禁はしたものの、退くことも無暗に斬りかかることもしなかったことは評価できます。冷静に次の一手を考えていたのでしょう。また、タジ様の殺気によって体が固くなっていた、というのも自然な流れです。戦闘前環境を考慮して一点を加算してもよいかも知れません」
評価をする時に饒舌になるのはムヌーグの癖のようだ。評価がどのような根拠においてなされているか、その思考が言葉となって口から漏れ出ているかのようである。時にはそれが評価される側の気づかない部分を掘り起こすこともあるのだろう。
目をつぶり、こめかみをおさえるように沈思していたムヌーグは、ひらめいたとばかりに手をうった。
「分かりました、タジ様。貴方の言葉を参考にした結果、点数を一点、増やしても良いと思います」
「そうか、じゃあ……」
「ですが、私は一度下した評価を覆すことはありません。これは私の矜持の問題です。私の評価を絶対として彼らが受け取るのは、私に全幅の信頼があるからでございます。ではその信頼はどこから来るのか。それは私が評価を間違えない、という一点にあります。一度下した評価を誰かの助言によって変更すれば、それは評価を行う者としての信頼を傷つけることになるのです」
「あっ、そういう考え方なのね」
「ですから、もし私の評価に口をさしはさみたいのでしたら……私を納得させてみてはいかがでしょうか」
無表情だったムヌーグは、そこで小首を傾げるように微笑んだ。
もともとタジはゲベントニスの評価がいかほどだろうと興味はなかった。多少辛口だろうとそれが次につながるのであればそれでも良いとさえ思う。また評価をされる側もその評価に納得してお礼の言葉まで述べているのだ。もっともその言葉が心から自然と発せられたものなのか、それとも評価を受け取る側の儀礼として発せられたものなのかは、傍目からは分からない。
ムヌーグはゲベントニスがタジの殺気にあてられてその場で次の一手を考えていたと想定したことに関しては、ムヌーグの買いかぶりだとタジは思う。それを考えれば加点できるかは怪しいところだ。
だから、本来であればムヌーグの評価に口をさしはさむ正当性などタジは持ち合わせていなかった。
「なるほど、どうやってマウントを取るのかという主導権の話な訳ね」
ムヌーグとタジとの間の空気が一瞬張り詰めた。直立不動のままで二人の様子を目の当たりにした甲冑姿の二人は、顔が隠れていることに安堵する。張り詰めた空気は、甲冑で守られていてなお、冷や汗が滲むほどにピリピリしていた。
「納得させたら評価を覆してくれるの?」
「単純な暴力では私を納得させることはできませんよ」
「いいねぇ、そういう牽制。もっとも、単純な暴力に屈して納得することが本当にないかどうか、試してみないことには分からないんだけどな」
張り詰めた空気が急速に歪んでいく幻覚が、甲冑の隙間から見えるようだった。ゲベントニスはタジに襲いかかったときにあてられた殺気を思い出す。
今この場所には、タジの暴力が充満し始めているように感じられた。甲冑がなければ空気に殴打される錯覚さえ覚えただろう。
そのような空気の中で、タジが掛け金を釣り上げた。
「ついでだから、なぜ名乗ってもいない俺の名前を知っているのか、そしてなぜムヌーグは俺に不意打ちを仕掛けるようにゲベントニスに命じたのか、納得させることが出来たらその辺も教えてもらおうかね」
「……構いませんよ、納得させることが出来るのでしたら」
その言葉が空中に霧散すると同時に、タジは一歩踏み込んでムヌーグとの間合いを詰めた。
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