狼の尻尾亭 07

 それは諸手を挙げて喜ぶガッツポーズのように見える。その実はネコ科の動物のように背を丸めた姿勢でいた反動のようなものだ。重たい甲冑を纏いながらの行動はそうでなくとも体に負担をかける。伸びをしたゲベントニスの背骨から快い音が鳴っているのが傍目にも分かるかのようだった。

 ミミズの魔獣は地面に落ちてわずかに身じろぎをしたものの、その体はまもなく煙となって消える。抜け目なくそれを見届けたのはイヨトンで、今まさにゲベントニスにその迂闊を注意しようとしたところに、炭焼き小屋から観戦をしていたタジとムヌーグがやってきた。

 ムヌーグの登場とともに、甲冑姿の二人はその場で直立の姿勢をとった。

「二点」

 無表情でムヌーグが言う。

「それは何点満点中?」

 直立の姿勢で微動だにしない二人の甲冑姿に軍隊の臭いを感じ取り、タジは多少しり込みをしながら尋ねた。その純粋な好奇心が甲冑姿の二人の傷ついた自尊心に塩を塗り込むことになるとも知らずに。

「加点制です。評価は三観点。時間、経過、結果」

 ムヌーグがゲベントニスに近寄る。落ち葉を踏む音だけが静寂の中で響いている。タジにはゲベントニスの汗の流れる音まで聞こえてくるかのように思われた。

 ゲベントニスの剣を奪い、その刃をムヌーグはジッと見つめた。なぜかタジがいたたまれない気分になる。加点制ということは、その気になればいくらでも点数を加えることが出来るということで、〇点から始まったとしても二点というのはあまりにも辛い。

「足音からして魔獣は大型と察知するのは容易、また音を隠さない大型の魔獣は知能が低い傾向にあります。今回の魔獣はその中でも最底辺と言えるでしょう。多少表皮が厚いなどの特徴があろうとも、対峙した時点で予測がつくはずです。騎士たる者、あの程度の魔獣に対して後れをとることは断じてありません。そのうえで、いかに効率的に倒すかが問われるのです」

 普段から評価を下す側にあるのだろう。ムヌーグの言葉は淀みない。ゲベントニスの背中に背負った鞘に奪った剣を収めて、短剣の突き刺さっている大木に気づいた。

「知識とその推測から敵の動きを予測すれば、わざわざ魔獣の突進を受ける必要もありません。また、刃こぼれさせるような剣撃を与えることもありません。無駄に時間をかけ消耗すれば、それだけしわ寄せがくることを肝に銘じることです」

 ゲベントニスが大木を登る時に突き刺した短剣の傷跡を見つけると、その傷跡を足掛かりにして、ムヌーグはふわりと大木を登っていく。まるで彼女だけが重力を受けていないかのような身のこなしで、思わずタジは感嘆するように口笛を吹いた。

 ゲベントニスが足掛かりにしたまま残してしまっていたナイフは、ムヌーグによって抜かれ、彼女はこれまた重力を無視したかのようにふわりと着地する。その所作は、技術のようにも魔法のようにも思われた。

「位置と相手の速度を利用して厚い表皮を切り裂く発想まで辿り着くのが遅い、〇点。発想自体は非力なお前の手段としては一点。倒せはしたので一点。以上で二点が今回の評価です、以上」

「ありがとうございます!」

 今の評価で感謝の言葉がどこにかかるのか、タジにははなはだ疑問ではあったものの、もはやそういう性癖なのかも知れないと勝手に思うことにした。ムヌーグの涼し気な顔で辛辣なことを言われることに何らかの興奮を覚える類でないと、共に行動するのは難儀そうに思われた。

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