食人竜の村 43
「お前は、家畜の命乞いに耳を傾けるのか?」
玩具を弄ぶように爪の先でタジの体をつつくように押すガルドはひどく楽しそうだ。
ガルドは脅威を前に、それを無効化する策を用意した。それは、逆に言えば無効化することでしか脅威を制することが出来ないことの裏付けでもある。ガルドは己の圧倒的優位を信じつつ、同時にタジという脅威を前に奉ることを選択したのだ。
すがる神があれば脅威を減殺せしめる。ガルドが執拗に立場を弁えさせようとするのは、他の眷属に威勢を示すためばかりではない。
つまりガルドは、タジが脅威であることを恐れているのだ。
なるほどタジを家畜と蔑むのも理由は分かる。反抗意思さえ除いてしまえば、その脅威がいかに強力であろうと力の持ち腐れでしかない。
「ぷっ……くくく」
「何を笑ってる、気でも触れたか?」
「家畜の命乞いってお前は言うけどナァ、家畜を崇める人間はいないんだよ」
「なっ……!」
「神に祝福を授かるのはなぜだ、それは俺の事を恐れているからだろ?お前は祝福によって俺を無効化することでしか俺を御せないことが分かっていた」
「そんな訳があるか!俺は」
「災害は怖いよなぁ、脅威は退けたいよなぁ……そのためにお前は神の力を借りたんだものなぁ」
嘲笑してみせるタジの祝福を受けて微動だに出来ない腹に、ガルドの爪が押し込まれる。体が動かせないから体は圧迫されるがままだが、タジは痛みを感じてもそれが命に届かないことが分かっていた。
「でも残念ながら、それは俺の命には届かないんだな。……お前が弱いからァ!」
「黙れ黙れ黙れェ!!」
腹に食い込む爪を放して、ガルドは両前脚を乱雑にタジに叩きつけた。怒りに我を忘れてただ己の怒りを発散させるがままに暴力をふるう様子は、獣そのものといった様子であった。
体にダメージはなくとも、鈍い痛みは気力を殺いでいく。思わずくぐもった声がタジの口から漏れ出るが、それはガルドの耳には届いていなかった。
「殺してやる!命乞いをしても無駄だ!身動きの取れない人間如きが!何もできず無力に俺の爪を食らい続けろ!!」
「だから、それが俺の命に届かねぇんだっての」
決して強がりではなかったが、こちらから何もできない以上、虚勢と取られても仕方のないことだ。ダメージが無い以上、時間だけがいたずらに過ぎていくだけだ。あるいはガルドの両腕に鈍い痛みを覚える頃に、この子どもの八つ当たりのような攻撃は一度終わるだろう。
タジが目算していると、急にガルドの攻撃が止んだ。
「……ふははは、そうか!そうだ!分かったぞ!」
乱暴にタジの体を掴み上げると、互いの鼻がつくくらいに顔を突き合わせて、ガルドが叫んだ。
「お前を殺す方法が!!」
ガルドはタジを掴んだ腕を泉の上に掲げた。
「簡単なことだった!いくらお前でも、呼吸が出来なければ死ぬしかないだろう!」
ガルドの目は正気を失い、何を言っても無駄のように感じられる。確かに、今の状態で泉に投げ捨てられれば、身動きの出来ないタジは、神の祝福を受けたまま泉の水底で呼吸困難に陥るだろう。それで肉体が死ぬかは定かではないが、溺れ続ける状況で心が正気を保てるかと問われると、かなりヤバいように思われた。
「……やってみろよ」
だからと言って、一度ガルドを挑発した手前、弱みを見せるのは憚られた。呪いを受けたときよりも強い焦燥がタジの意識を駆け巡る。
「対処法さえ分かれば簡単なものだ。では強き人間よ、さらばだ。死肉は俺が食ってお前の力をまるごと頂くとしよう」
ガルドはタジを泉の中央に放り投げた。
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