食人竜の村 42
「負けを認めれば手心を加えるとでも?」
鷲掴みにされた頭にガルドの爪が食い込む。体は痛みを訴えるが、それが生命の危機に直ちに至らないことに、タジはどこかもどかしさを感じていた。
神の祝福は、本物だ。
少なくとも、神を殺そうと意気揚々やってきた人間の体の自由を奪うほどには強力で、こうしてガルドに頭を掴まれて持ち上げられている今も、抵抗の意志は体が受け取らない感覚がある。金縛りに近いな、とタジは思った。
「俺はどうなってもいいが、生贄として連れてきた子どもは解放してやってくれないか?元はと言えば俺がお前を傷つけたのが原因なんだろ?」
「そうだ。お前に受けた傷を回復するために生贄が必要だった。もっとも、生贄がなければ回復できないのではなく、失った力を補いたかっただけだがな」
確かにガルドの爪は現に治っているし、体は一回り小さくなってはいるが、気力や体力が著しく衰えた、という様子は見えない。
「しかし、だ」
ガルドはタジをぞんざいに放り投げた。
そこには先ほどガルドによって命を奪われた偽エッセの死体があった。
「お前は俺の手下を二頭ほど村で葬ってくれたらしいなァ?」
「……あいつらが村で暴れたら大変なことになると思ったからな」
「その時に言ったよな?『脅しは交渉じゃあない』と。なるほど、と思ったぞ。強い立場にある者は他者の言い分を聞くことも出来るし、聞かなくてもいい。そこで今改めてお前に問おう。この状況で、生殺与奪の権を握っているのは、どっちだ?」
「……お前だよ」
ガルドは絶対的な力で常に人間を見下してきたはずだ。それがタジのせいで一瞬揺らいだのだろう。おそらく、その揺らぎが配下の間に広がるのを心配したのだ。ガルドの絶対的な力は翳ることが無い、ガルドは神の眷属として祝福されている。
それが分かりやすい方法で示せる、という点において、張本人のタジを用いるのは間違っていない。
ガルドがタジに求めているもの、それは一帯の支配者とその支配者に負けた敗北者、という構図だ。それ自体はタジにも読めた。
「それじゃあ、お前の願いを聞くかどうかも、俺の一存という訳だな。ようやく立場が分かってもらえたようだ」
「ご忠告痛み入るね」
タジは、一つの違和感を体に覚えていた。
先ほどまで全く反応のなかった体が、わずかに身をよじることが出来るようになっている。それでも、芋虫ほどの移動も叶わないほどのわずかな反応だったが、タジはそこに光明を見出した。
しかしそれを気づかれてはいけない。神の祝福が、一回のみ与えられたものなのか、それとも際限なく使用できるのかの判別はタジには出来ないからだ。
タジは思考を巡らせる。
この場でエッセの無事を確認し、神の祝福が何によって効果が弱くなっているのかを探り、あわよくば祝福を打ち破って勝ちを探る。
思わず笑みが零れそうになるのを、顔の皮膚の一枚内側でかろうじて止めているのをタジは感じた。
勝ちを探る?
探る勝ちは「俺だけが勝つ」だけではなく「俺の望む形の勝ち」だ。どんな勝利を選ぶのか、選べるのか、その傲慢こそが俺なんだ。
「それで、子どもは解放してくれるのか?」
タジは大胆と慎重とを心の裡に秘めて、ガルドに話しかけた。
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