食人竜の村 41

「配下などいくらでも集められる。俺がこの地域の神でさえあり続ければな」

「だから忠告してるんだろ?お前はこの地域の神でなくなるのだから」

「はっ、少し力の強いだけの餌が偉そうに吠える」

「その力の前に逃げるしか選択肢のなかった爬虫類のセリフとは思えないねぇ」

 領主ガルドは、タジが最初に会ったときに比べて一回り小さくなっているようだった。肥大化した両前脚は妙にやせ細り、はち切れんばかりの筋力が体を満たしている、という様子ではない。不思議なことに、タジが全て剥がしたはずの爪は再生していた。先日と様子がちがうのは、その爪が黒鉄のような光沢をもっているのだった。

「神より与えられたこの体が、負けることなどあってはならないのだ」

「それで?お飾りの爪を強化して見たってか?」

「御託はこの爪を受けてからにするんだな」

 一回り小さくなった体を伏せるようにして姿勢を作ると、ガルドは地面を蹴った。以前両前脚に蓄えていた力は、後脚に分散させたようだった。初速が最高速、と言わんばかりの勢いでタジに襲い掛かり、黒鉄色の爪を四本集めてタジに突き刺した。

 それが普通の人間に対してなされていたならば、穴が開くという言葉では済まなかっただろう。上半身が腹から胸にかけて全て消失するほどの衝撃だったはずだ。

 事実、タジが受け止めた勢いは、衝撃波となって泉の水面を波立たせ、背後の木々を揺らした。タジの近くで息絶えた偽エッセの死体が無情にもゴロンゴロンと吹き飛ばされる。

「次は?」

 勢いは増していたが、タジの受け止められないものではない。

「次などない、これでお前は終わりだ」

「はァ?何を言っ……?」

 爪は急激に黒鉄色の光沢を失い、生物らしい淡黄色へと変化していく。一方で、タジの体は、爪を受け止めた部分から全身へと黒鉄色が伝播していた。

 タジの肌に極微細な何かが駆け巡っているような感覚だった。それは皮膚を支配し、毛穴を埋め尽くし、タジの身動きを取れなくさせる。受け止めた爪を離そうと思っても、体は思うように動かなかった。

「安心しろ、顔は覆わん」

「……お優しいことで」

 正体は分からないが、生き物を操る能力だとしたら微生物の類だろうか。タジが考えを巡らせていると、ガルドが得意な顔でタジの頭を鷲掴みにした。ちょうど先ほどタジが偽エッセにやったことを自分が受けることになるとは、と苦笑いせずにはいられなかった。

「神から祝福を授かった。これで力は封じられる、とな」

「祝福ねぇ。この色はどう見ても呪いだろ」

「貴様にとってはそうかも知れんな」

 確かに、タジの体は微動だに出来なかった。神の祝福とやらで覆われた部分は、動かそうという信号を体が受け取っていない感覚がある。どれだけ体を動かそうとしても、それが阻害されているのだ。

「喜ばしいことだ。力さえ奪えば貴様など無力な餌に過ぎん。神の偉大さをその身をもって知るが良い」

 ガルドは不敵な笑みを浮かべてタジを持ち上げた。身動きの取れないタジの体をプラプラと左右に振って、神の祝福の効果を確認しているようだ。あるいは、手も足も出ない人間の哀れな姿を楽しんでいるのか。

「……そうだな、俺の負けだ」

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