食人竜の村 37

「それじゃあ、効果を試してみるか」

 それだけ言うと、タジは踵を返して夫妻とトーイの眠る部屋へ戻った。驚いたのはアエリだ。

「ちょ、ちょっとタジちゃん?」

 アエリの呆気にとられた一瞬で、タジは部屋を出て、そのまま夫妻に歩を進めると、苦しそうに眠っているヤグレンナの掛けものを剥がし、布に巻かれた負傷部分を露にした。

 応急処置によって出血はほどんど止まっているが、包帯にはまだいくらか血が滲んでいる。タジが血で傷口に貼りついた包帯をそっと剥がしていくと、眠っているヤグレンナの顔が苦痛に歪んだ。

 傷口は麻糸で皮膚を引っ張るように縫いつけられて、その表面に薬草を混ぜた膏がたっぷりと塗られている。剥がした包帯で開いた傷口から鮮血が少し流れていた。

 タジは蓋の開けられた瓶を傾けて、その傷口にかけた。

 瓶の中の液体は、傷口にかかると同時に患部に染み込み、傷周辺の肉が微振動を始めた。タジが瓶を立てるも、液体は傷口に向かって吸い込まれていく。まるで薬が意志をもっていて、完治に必要な分が自ら傷口に向かっているかのようだった。

 薬が傷口に吸い込まれなくなると、あっという間に傷口はふさがった。失われた足が生えてくるということは無かったが、もしかしたら千切れた現物が近くにあったのなら薬効でくっつくかもしれない。しかし、負傷した二人の足は既に失われていた。

 一本はミギのが口にくわえていた。その他三本の足は、いつの間にかどこかに消えていた。もしかしたら、頭陀袋とは別の眷属が持っていってしまったのかも知れない。

 確認のために、もう片方の傷口を確認する。こちらも包帯が巻かれており、剥がすとペリペリと痛々しい音がしたが、薬草膏の下は傷が綺麗にふさがっていた。

「タジちゃん!それはあなたが戦うときの……ッ!?」

 アエリが言い終わる前に、タジは瓶の残りを重傷を負ったもう一人、ピルギリムの脚に包帯の上からかけた。

「ああー……」

 頭を手の甲でおさえて上を向くアエリだったが、タジは全く気にかけなかった。液体はピルギリムに一滴たらされると、その後急速に傷口に吸い込まれて、その中身はもはや雀の涙ほどであった。

「すげぇ……」

 先ほどまで苦痛に顔を歪めて気絶するように眠っていた二人は、痛みから解放されて今は安らかな顔つきに戻っている。足は失ったものの、まだ生きられる。

「なんで二人に使ったちゃん……?」

 足を失った二人が、この世界でどのように生きていくか、あるいは生きられるかは、タジには分からない。

「目の前に助けられる人がいて、助けることが出来るのなら俺はその人を助ける。それに……」

 遠くから鶏の鳴き声が聞こえる。

 間もなく東の空も白み始めるだろう。

「エッセが帰ってきたときに、おかえりを言う人が必要だろ?」

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