食人竜の村 22
前任の神父についてタジは想像をすることしかできない。本当に、信仰心に篤く村の人から尊敬される人だったかもしれないし、実際は村人たちが己を犠牲者にされないために団結して作り上げられたスケープゴートかもしれない。
いずれにしても、現在この教会に住まうトーイは修道女であると同時に、次の生贄として、変な言い方だが、最も期待されていると言って良かった。
それは村長としての采配の賜物だ。
村の中から新たに神への生贄を無理やり出せば村人が恐慌に陥ることは想像に難くない。次は自分が殺されるかもしれないと思いながら生活するには、人間の心はあまりに脆すぎる。人は待つ時間にこそ恐怖を感じるのだ。
そこで別の生贄が必要だった。その点、トーイは村長にとってとても有用だっただろう。身寄りのないか弱い少女。足が悪く、自分の出自に忌まわしさを感じており、生きるために生きる人間。そんな人間の心に忍び込んで、村長は彼女に役割を与えた。
役割とは、その人が生きる意味だ。
社会を営む人間は、集団の中に生きる意味がなければ途端に己を見失う。集団に入れなくなる。トーイは家族に見放され、わずかな糧を頼りに生きていた。そんな“生きるために生きる”人間には、誰かに頼られることが何より必要なのだ。
そこにいていい。生きていていい。
だから、あなたにはこういう役割があるの。
いつしか足元に鎖がつけられる。鎖の先に別の人がいるか、重しがあるか。
誰かが言った。
それが絆だ、と。
絆に囚われて生きることが出来るのが人間社会の良いところだ。しかしトーイの場合は違う。トーイは絆をいいように利用されて、足をとられて、猛獣の前に引きずり出されている。
自主的に命をなげうつことを強制されている。それが彼女の現状だ。誰もが神への生贄になりたくないから、生贄になりそうな人間を外からもってきて絆で搦めとる。
実に、合理的だ。
合理的だからこそタジはそれを理解できたし、村長を悪い奴だとも思えなかった。トーイの話と今の境遇、そして村の現状を考えれば、村長の選択は全く賢いと思われたし、村の存続を真に思っているだろうことも想像できた。
「トーイが、それ以外に身動きが取れないのは、分かる」
「だったら……!」
「でも違うんだよ、トーイ」
「何が違うと言うんですか」
タジは二人の間に置かれた作り途中の服を取った。
まだ作り途中ではあったが、仕上がりは驚くほどに丁寧だ。ミシンのように正確に、等間隔で縫われており、ミシンよりも布地に負荷がかかっていないからか、非常に柔らかく仕上がっている。
「それは、この村があのドラゴンのために存在するからだ」
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