食人竜の村 23
ニエの村がなぜ存在するのか。それは、供物の安定した供給のためだ。神への恭順を示すために、いつ何時生贄が必要になったとしてもそこの村人からドラゴンへの餌が選ばれる。
「あれは神じゃあないんだよ」
「またそういう不遜な物言いをなさるんですね」
「トーイ、聞いてくれ。俺の知識において、神は二つの側面を持っている。一つは、世を救い、人を救い、世界の理を司る神。人間を助け、奇跡を起こし、平和を至上命題とする、言わば善なる神」
奇跡を願う時に願う対象になる神。
「もう一つは、世を破壊し、人を嘲笑い、情け容赦なく人間を打ちのめす、混沌と破壊の神。悪魔とも呼ばれる場合もある。人は人知を超えた力の奔流、人の手ではどうしようもできない恐怖の対象に対して、神として畏れ敬うことがある。言わば悪なる神」
人間が生きる以上、人間以外の環境や生物によって生命を脅かされることは多々ある。地震、天気、疫病……およそ厄災とよばれるこれらに関して、人間はあまりに弱かった。
そう、弱かった。
「しかしだ、後者の神は常に人間によってそのベールを剥がされ続けてきた。なぜか。対処しなければならなかったからだ。人は神によって打ちのめされるために生きているのではない。そうやって、一歩ずつ悪なる神の根幹を暴き続けた」
少なくとも、タジの生きていた世界では、悪神として描かれる様々な事象に対して、科学を用いて立ち向かっていた人たちがいた。
「トーイ、君は地震というものを知っているか?」
「……知りません」
「文字通り、大地が震えるんだ。大きいものだと人が立っていられないほどに。想像してみろ、今自分が立っているその地面が縦横に波打つ様を。さっき打った鐘のように、グワングワンと足元が揺れるんだ。壁に寄りかかろうとしても、壁すらも不安定に揺れて一瞬天地がひっくり返ったかのように、世界に確かなものがなくなる様を想像してみろ」
トーイは実際にその様を想像してみたらしい。目が焦点を失って頭がフワフワと空を漂う。足のバランスがおぼつかなくなりその場に倒れ落ちそうになるところで、タジはトーイの腕をつかんだ。
「そんな……それは世界の終わりではありませんか」
青ざめた顔でトーイが言う。
「そう。昔の人はそう思っただろう。でも、地震が起こる仕組みは俺の世界ではそれこそトーイくらいの年代にはすでに学ぶ。被害を完全に防ぐことは出来ないが、人々は地震の起こるわずかな予兆を察知して人々に周知することによって、被害を最小限に抑えられるように工夫したんだ」
「どうやって……?」
「その仕組みは今は重要ではない。重要なのは、そこにある意志だ。目の前で起こる悲劇に対して、挑む心があったから人間は地震という無慈悲な力の奔流の根幹を知りえたし、人の手で被害を抑えられる段までいった。それに比べて……」
持っていた未完成の布をトーイに渡すと、タジは青ざめた少女の頬をそっと撫でた。青磁のように滑らかな、とまでは言えなくても、少女らしい瑞々しさのある肌。
「あれを神と呼ぶにはあまりにも、弱い。人間よりも少し強いくらいで神の眷属を称し人々を恐慌に貶めるなんて、ちゃんちゃらおかしい」
親指で目元をなぞると、宝石のような涙が出てくるように思われた。
「誰かを生贄にして得る平和なんてクソくらえだ。あれの後ろに本物の神がいようが知ったこっちゃない」
タジは低い声で、宣誓するように言った。
「俺は、神を殺す」
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