食人竜の村 21

 トーイがタジの方を見ると、タジは射るようにトーイを見つめていた。ほとんど睨むと言っていいほどだった。手元を照らすために点けた獣脂の火が揺らめくと、逆光を背負うタジの顔も揺らめいて、まるで猛獣に襲い掛かられる直前のようにトーイには感じられた。

「続き……というのは?」

「続きは続きだよ。それから俺と出会うまでには、もう少し時間があるはずだ。その間の話を聞かせてくれよ」

「その間の話と言われても……先ほど言った通りですよ。私は町長に拾われて、ここに住まわせていただき、自分の出来ることで……生きています」

 糸切り歯で、布から糸を切り離す。タジはずっとトーイを見つめていた。

 トーイは困ったように笑う。

「違う」

 タジはおもむろに立ち上がる。衣服の形になりつつある布を持ったトーイに近寄り、不意にその手首を掴んだ。トーイは驚き、それから手を引っ込めようとするが、タジの腕力がそれを許さなかった。彼女がいくら身を捩るように抵抗しても、手首を掴んだタジの手は離れなかったどころか、トーイの腕は微動だにしなかった。

「生きている人は、そうやって諦めたように笑わない」

 タジが言う。

「何を言っているんですか。笑うことができるのは、生きている人だけです」

「なぜトーイは俺を見つけた?」

「いきなり何を……」

「ずっと気になっていたんだ。足の悪い少女がどうして森に現れたのか。この村から俺がいた泉までは相当な距離があるはずなのに、それも神の住まう森で騒動が起こったにもかかわらず、わざわざ足の悪いトーイがやってきた理由が」

 ついにトーイはもう片方の腕も使ってタジの手を剥がしにかかった。それでもその腕は鋼鉄の入った石造りの彫像のように動かなかった。

「トーイは、あの場所に、殺されにいったんだろう?」

「そんな事ッ……!」

 トーイは驚き、それから怒りと共にタジを見た。しかしその怒りは目の前にいるタジの表情を見ると、萎んでしまった。

 タジは、奥歯を噛みしめ、目元にうっすらと涙をためながら、無表情にトーイを見ていた。それは、子どもが親に怒られたときに決して泣かないようにと涙を堪えている表情によく似ていた。

「……なんで、あなたがそんな表情をするんですか……」

「神父が死んだのは、殺されたからだ。神に殉じて死ぬ役目。それがこの教会に生きる者の掟なんだろう。トーイは、前任の神父について何も聞いていないのか?」

 トーイの質問を無視して問い質すタジの剣幕に負けて、考えるように言葉を口にする。

「神父さんのことは、聞いていません。村にいる人からも、神父さんがどのような人だったのかは……。ただ、アエリ村長から、とても信仰心に篤い人だということだけは聞いていました」

「それで、トーイはなぜ森の中に入っていった?」

「それは……神の怒りを鎮めることができるのは、この教会に住む者の務めだから、とアエリ村長に言われて……。でも殺されてこいだなんて言われていません!」

「それじゃあ、殺されないと思ったか?」

「……」

「人間が畏れるあのドラゴンに何かあったのなら、怒りで人間が襲われることを考えなかったか?」

「それは……」

 タジがトーイの手首を離すと、トーイは掴まれていた部分に手をあてて腕を確かめるように動かした。

「でも……私しか、神の怒りを鎮めることが出来ないのだから、行くしかないでしょう!それで私が神の怒りに触れて死んだとして、それ以外に私が役に立つことなんてないのですから!」

 それが分かっていて、タジは目の前の少女を見つめていた。瞼をわずかでも動かせば、途端に涙が溢れてきそうなのを必死に抑えながら、トーイを見つめていた。

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