食人竜の村 20

「私は、およそ三月前にこの教会にやってきました。もともとはニエの村から馬車で十日ほどかかる『眠りの国』という、人間の王様が治める国に住んでいたのです」

 トーイの言葉と、布に線を書き入れる音だけが響く。

「生まれつき足の悪かった私は、兄弟の末子でした。私が生まれたころには既に働きに出ている兄がいて、私の面倒はいつも姉の仕事でした。私はうまく歩けないから、なかなか他の子たちに馴染めないし、仕事をしようにも足手まといです。幸い、手だけはほんの少し他の人より器用だったみたいで、服を扱う仕事なら、何とか出来そうでした」

 それでも、とだけ言って、不意に言葉に詰まった。細い炭を置いて、道具箱から裁ち切り鋏を取り出す。重量感のある錆びた鋏だったが、肝心の刃の部分は濡れたように美しかった。

 トーイは鋏を二つに分解して、刃の部分をそっと確かめるように撫でた。留め金のない鋏は大きく広げることで簡単に分解できる。それを元の鋏に戻すと、布の端から少しずつ切り始めた。

「私は、家を追い出されました。生まれつきの体の不具合は、神に見放された証だ、というのが眠りの国に伝わる神話にあって、両親は私を見放したのでしょう。私は姉にすがりました。

『あんたのせいで、私は勉強を諦めなければならなかった。こんなことなら、あんたをその辺に置き去りにしてでも、勉強して、自分の幸せを見つけたかったわ』

 姉のその言葉に、私は愕然としました。それと同時に、私はこの状態こそが神に見放された証なんだ、と思うようになりました」

 バチン、と一際大きな音が鳴る。

 二枚だった布切れが、四枚になった。

「姉から逃げるように家を出ました。それから二年ほど、路傍で一人、わずかな布切れと魚の骨、それから糸くずとで人形を作って小さな子に売って命を繋いでいました。そんな時にアエリ村長と出会ったのです」

 針山から一本の鉄製の針を取り出し、糸をつける。手慣れた手つきだった。

「アエリ村長は、私をその場所から連れ出してくれたのです。居場所のなかった私を村に迎え入れるために様々な手続きをして、それから私をここに連れてきてくれました」

 首周りの布を折り返して丸め、器用に縫っていく。時々、肌に触れる方を自分の指の腹で感触を確かめていた。

「足の悪い私でも出来ることがある、とアエリ村長は言いました。たまたま……神父が亡くなってしまい、ニエの村には教会を管理する人がいなかったのです。そこで私がこの教会に住むことになりました。生活を助けてもらう代わりに、神父の代わりに相談を聞いたり、仕立ての手伝いなどをして生計を立てています……って」

 首回りが満足の出来になったのか、一度布を持ち上げて全体を確認しようとすると、トーイの視界にタジが入った。

 タジは、苦しそうにトーイを見ていた。

「何て顔をしているんですか、タジさん」

「いや……なんでもない」

 タジが啜るように鼻から大きく息を吸う。

「変な人」

「それで?」

「え?」

「その話の続きを聞かせてくれよ」

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