食人竜の村 06

「もし……もし……」

 大木に寄りかかるように寝ていた男の肩を揺する影が一つ。

 小鳥のさえずりのような声。肩を揺すられることがなければ、早朝の雑音と勘違いしていただろう。

 目を覚ますと、後光を背負った少女の影があった。

「ああ、生きていらっしゃるのですね」

 少女は言うと、踵を返して泉の方へ向かった。少女が男の前を離れると、遮られていた日光が男を優しく温める。朝露に濡れた地面が、ほんの少しだけぬかるんでいた。

 寝ぼけていた男が意識を睡魔に攫われそうになっているところに、少女は戻って来、皮袋を差し出した。

「泉の水です。元気になりますよ」

 何が元気になる、と男は思った。

 昨日の戦闘で、その後一切の動物の影が周囲から消えた。泉に浮いた魚の死骸は元が食用に向かない魚だったようで、身も骨も泥臭く、その上加食部分があまりに少なかった。わずかばかりの背肉を食らって未だ収まらぬ空腹を満たすために、男は泉水をガブガブと飲んで寝たのだった。

 少女は何事か皮袋に向かって唱えている。

「……回復魔法か!?」

 男はハッとして少女に問うた。少女は男の言葉に目を丸くして、それから微笑んで答えた。

「カイフクマホウ、と言うのは知りませんが。神へお祈りしていたのです」

 明らかに落胆を隠せなかったが、おかげで男は完全に目を覚ました。残念がっている男を慰めるようにそっと差し出された皮袋を受け取って、中身を一口飲む。

 昨日あれだけ飲んだ泉水だというのに、朝になると喉は乾くものらしい。体に染み入る水分が男の頭をいくぶん働かせた。

「私はニエの村からやって来ました、トーイと言います。失礼ですが、お名前を伺っても?」

「トーイ、よろしく。俺は……そうだな、タジとでも呼んでくれ」

 タジと名乗った男は、トーイに片手を差し出した。トーイは一瞬何をすればいいのか分からない、といった表情を見せたが、見よう見まねで恐る恐る片手を伸ばすとタジはそれを掴んで握手とした。

 トーイは驚いて手を戻そうとしたが、その動作でタジが立ち上がるのを手助けする形となった。

 立ち上がると、逆光になっていたトーイの姿が露になった。

 肩の辺りで切り揃えられた黒髪、町娘のような素朴な服装、脚だけは山歩きのためだろうか、脚絆と革製の靴を履いている。背は低く、線は細く、タジを見上げる目は、やや潤んでいる。

 宝石のような、吸い込まれそうな瞳だった。

「タジさん、ですか。どうしてこちらで眠っていらしたのですか?もしかして、昨日の騒動の事をご存じで?」

「騒動が何のことを言っているのかは知らんが、ここで昨日何があったのかは覚えてるぞ」

「覚えて……る……?」

「ああ。ドラゴンっぽい見た目の奴が俺を食いに来たんだよ。人の言葉を理解する不思議な生き物で、この世界のことを色々と聞こうとしたんだが、話を聞かないやつだった。少し痛めつけたら尻尾を巻いて逃げていったよ」

「……まさか」

 話を聞いていたトーイの顔が見る間に青ざめていく。宝石のような瞳が、揺らいだように見えた。

「神様を傷つけたと言うのですか!?」

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