食人竜の村 05

「わわっ、なんっだっ?」

 猛烈な勢いで落下してくるそれは、翼のついた楕円形の黒い物体だった。翼がなければラグビーボールを連想させるそれは、男に狙いを定めると、上空で羽ばたくのを止めて自らを銃弾のように回転させながら降り注いだ。

 それは翼を得た種子だった。

 群れでやってきた種子は男に襲い掛かるばかりではなかった。男の周囲の、ドラゴンの炎と猛攻とによって裸にされたほとりの土地に突っ込んだ羽根つきの種子は、着弾と同時に噴水が吹き上がるように急成長して男の周囲を覆ったのだ。

「すげえ、これ植物の種かよ!」

 爆発するように成長した植物が、男の皮膚に触れる。

 すると、植物は寄生する触手のように男の体内に入ろうとした。爆発的に成長し、付近の生物の栄養を取り込む悪魔のような植物。

「ヤバッ、感心してる場合じゃないって!」

 植物から伸びた根毛のような触手が男の肌にビシリと貼りつく。植物など相手にはならないが、それ以上に相手にしたい獲物が植物の外にいる。

 回し蹴りからの鉄拳。

 蹴りは植物を根元から刈り取り、鉄拳は急激に成長した植物を破壊した。空気の入った袋を叩き割ったような音がしたかと思うと、拳の当たった部分の植物は文字通り粉微塵になった。数回の鉄拳で、男の視界を邪魔し行動を制限していた範囲の触手植物は、消えた。

 爆発的な成長はほんのわずかの間だけらしい。男に刈り取られた植物の跡は、それ以上の急速な成長を見せなかった。

 どうやらそうやって植物を相手にする一瞬の隙が欲しかったらしい。

「……逃げたのか」

 ドラゴンは姿を消した。

 平和だった泉のほとりは、ほんの数十分でみるも無残な光景になった。

 土は燃え、枯れ、大木は折られ、薙ぎ倒され、一部が沸騰した泉には魚の死骸が浮かび、裸にされた地面に植えられた羽根つきの種子は寄生植物となってウネウネと周囲に寄生先を探している。

「あのドラゴン、今度遭ったら爪だけじゃ済まさねぇ……」

 圧倒的な自然破壊に怒りを覚えるのと空腹が再び襲ってくるのとは、同時だった。

「腹が減ったなぁ……あっ!?」

 大木に吊るした鹿の死体。

 確認しようとして嫌な予感に襲われる。そこにも、種子の魔の手が伸びていた。

 駆け寄って触手植物を千切り、鹿肉の無事を祈るも、無残な姿がそこにあった。そのほとんどが、触手によって養分を吸い取られていたのだ。

 男は、自分のこめかみに青筋が立つのが分かった。

「絶対許さねぇからなぁーっ!!」

 男の叫び声は、水面を震わせ、森を驚かせるように轟いた。

 夕刻に迫ろうとしている。

 男は肩を落として、泉に浮かんだ魚の死骸が食べられるかどうか確認することにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る