食人竜の村 04

 前脚で大地を蹴ってドラゴンが加速する。巨獣の突進は風圧を生じ、突風は周囲の土砂を巻き上げた。巻き上がった土砂は樹皮に食い込むようにこびりつく。

 一瞬で距離を詰めたドラゴンは、男を捕獲しようとした。人間が羽虫を叩き潰すように合掌する。

 男はその場を飛びあがって回避した。人間には不可能な垂直方向への跳躍。自身の三倍を超える高さを跳躍して合掌したドラゴンの前脚に降りると、眼前に迫るドラゴンの顔を睨みつけた。

「実力行使を続けたいのなら、こちらもそうしよう」

「人間如きが何を……」

 ちょこまか動く羽虫の如き人間に睨まれたところで苛立ちしか起こらなかった。だから、言葉を続けようとした次の瞬間に男が目の前から己の爪と共に消え失せたことに気づくのにはさらに数瞬を要したのだ。

「ッ!?」

 鋭い痛みがドラゴンの前脚を襲う。

 目の端に動くものを捉えた。そちらに目をやると、それはドラゴンの爪だった。

「デカいし軽い、そして強靭い。ドラゴンの素材っていうのはこうでないとな」

 爪を持った男が言う。

「ガアァッ!」

 前脚を薙ぐ。しかし男はそれも避けた。今度はドラゴンの爪を持ちながら。

「痛いか?」

 爪をポイと投げ捨てて、男は問うた。しかしドラゴンは聞く耳を持たなかった。痛みよりも、矮小な人間に己が傷つけられたことの方が遥かにプライドを傷つけたのだ。

「許さん!!」

 ドラゴンは再び男に向かって突進した。

 不器用なダンス。男はドラゴンの攻撃を避け続けた。跳び、往なし、躱し、外し、猛進するドラゴンを避ける。同時に、ドラゴンの前脚、四本の指の爪を一枚一枚剥がしていった。

 そのたびにドラゴンは一瞬悶える。しかしすぐに痛みを忘れるように男に襲いかかった。生爪を剥がされた場所に、赤い血が滲む。

 爪を全て剥がされて、ドラゴンは攻撃を止めた。滲んだ赤い血があるいは大地を染め、あるいは大樹の幹に染み、あるいは泉水に溶けていった。泉のほとりはすっかり戦場の景色と化してしまっていた。

「やっと止まったか。爪でダメなら今度は歯を抜こうかと思っていたところだ」

 男の背後には、ピラミッドのように爪が積み上げられている。

「降参するならこれ以上の危害は加えない。その代わりに教えて欲しいことがある」

「……降参するのはお前の方だ」

 この期に及んでまだそんな大言を吐けるのか。男が呆れていると、ドラゴンが現れた方角から、バサリバサリと何かが飛来を告げる音が聞こえた。

 それも一つや二つではない。

 群れ、と言っていいほどに重なった風を叩く音がこちらにやってくる。

「神の眷属が負けたとあっちゃあ、沽券に関わるんでね。悪く思うなよ」

 ドラゴンは牙を剥き出しにして笑った。

 風を叩く音は上空から風を切り裂く様子に変わる。男は空を見た。

 急落下する錐揉み回転の飛来物が、群れを成して上空から男に襲い掛かった。

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