食人竜の村 03
「質問に答えるのなら、俺は人間だよ」
男に加えられた万力のような握力は、人間の体をマッチ棒のように折る。はずだ。
しかし男はドラゴンの握力をあざ笑うかのように、内側から力を加えて脱出してしまった。馴染みの飲食店の扉を開けるような気安さ。
男は片手でドラゴンの爪を掴んだ。
それだけのことで、ドラゴンの指は……いやドラゴンの腕は自らの意思に関係なく動かすことが出来なくなった。
「ただし、きっとお前が思っているよりもずっと……強い」
「はっ」
なんと人間味のあるドラゴンだろう、と男は思った。目の前の、大型トラックよりもなお巨大なドラゴンは、口の端を歪めて、鼻で笑ったのだ。
嘲笑。人間にのみ許された、相手を嘲る笑い方。
「人間が強い?バカを言え。人間っていうのは、俺たちの餌だ」
「おっ、その話もっと詳しく」
人語を解すドラゴンの語るこの世界の事象は、男にとって興味の対象であった。しかし、興味をもった男の態度がドラゴンの癪に障った。
「人間に語る言葉はない」
「意地っ張りドラゴンかよ」
ドラゴンの、前脚が作り上げたもう片方の拳が、男の脳天に振り下ろされた。作られた拳は人間の五倍はある。硬さは岩石のそれであり、男は断末魔を上げる暇もなく、トマトのように潰れるだろう。
「何度やろうと無駄だって、そろそろ分かれよ」
振り下ろされた拳は男によって受け止められていた。ドラゴンの爪を放して、両腕を頭の上でクロスさせている。それだけで、男は自分の何十倍はあろうかというドラゴンの拳を受け止めていた。
そこでドラゴンは男から身を引いて距離をとった。人間が行う腕立て伏せの要領で体を浮き上がらせて後退する。尻尾でバランスを取って着地をする姿は、サーカスの軽業師のよう。
「おお、身軽」
その様子に思わず拍手した男の仕草が、ドラゴンの逆鱗に触れた。
ガチッ、ガチッ!
天を仰いで顎を鳴らす。その口元に火花が散った。
「死ね」
咆哮とともにドラゴンの口から炎が吐かれた。巨大なバーナーのような熱線は一直線に男を襲った。
避ければいいのに男は避けなかった。数十秒に及ぶ熱放射は、ドラゴンを疲れさせたが、当たり前のように男はそこに無傷で立っていた。
熱線の通り道が地表を焦がしている。男が立っていた場所はなおさらで、地面が赤く燃えている。石が赤く燃えるほどの温度。男の後ろの泉は沸騰し、魚が浮かび上がっていた。
男は平然と立っていた。髪の毛の一本すら燃えているようには見えなかった。
「いい環境だったのだけれどなァ……」
周囲を見回して、男は項垂れた。
「これ以上お前の好きにさせておくと、辺りの景観が台無しになりそうだ」
「ならば大人しく死ね」
「俺はずっと大人しいし、暴力をふるっているのはお前なんだけど」
ドラゴンは空に向かって吠えた。
ノコギリで磨りガラスを挽くような震動が周囲の木々を震えさせる。バサバサと木の葉が落ちていく。
「ここまで虚仮にされたのは初めてだ」
「お前みたいな話をきかない八つ当たり野郎はいくらでもいたよ」
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