食人竜の村 02

「まあいい、殺せば済む話だ」

 下半身を大木に挟まれたままのドラゴンが腕を振り上げる。

 横一閃。

 大木の幹以上に太く強靭な腕が男の体をすくいあげた。男の体は宙を舞う。いや、舞うなどという生優しい表現では足りなかった。

 定規でサッと一本線を引いたらそのような軌道になるだろう、というような速度で、男の体は泉の対岸のほとりにある大木にしたたか打ちつけられた。

「いっ、たぁ!」

 衝撃が男の体を駆け巡る。大木は穿たれ、おもむろに根元からバキリと折れた。そのまま尻もちをつくように地面に落ちて、背中をさすった。

「おいおい、痛みは感じるのかよ。難儀だなァ……」

 尻やら背中やらをさすって立ち上がる。吹き飛ばされた方を見やると、ドラゴンが先ほどよりも眉根に深くしわを刻んでいるのが見えた。

「どれ、初めての意思疎通できる生き物だ。丁重におもてなしをしないとな」

 屈伸を一つ、伸脚を二つ、ジャンプを一回。

 そして男は駆けだした。先ほどドラゴンに吹き飛ばされた軌跡をなぞるように。

 つまり泉の上を走って、男はドラゴンの方に戻ったのだ。

 ドラゴンは目を瞠り、それから体を一回りほど膨らませて、体勢を整えた。大木を薙ぎ払うと尻尾が現れる。先端が鉱石のような輝きを放っている。その場で体を回転させると、両前脚と尻尾とで自由に動けるだけのスペースが出来上がった。

「デカい!」

 男は水面を勢いよく踏み込んで高く飛んだ。ドラゴンによって広げられたほとりにしゃがみ込むように着地して、立ち上がり、その姿を捉える。

 ちょっとした建物を思わせる大きさだった。

 瞬間、男はドラゴンの前脚に捕まった。

「お前、おかしいな、本当に人間か?」

 四足歩行を基本とする動物とは骨格がかなり異なる。異常に発達した前脚は恐らく腕と言っても差し支えのないようなものだった。むしろ下半身が頼りないという方が正しい。歪に発達した尻尾と前脚が移動を可能にさせているのだろうか。

 鬱蒼と茂る森をその巨体が移動するためにそのように発達したのか、それとも、そもそも移動する必要がないのか。男は興味が尽きなかった。

 だから、今まさに体を前脚の器用な手で捕まえられて、ドラゴンに観察されていることすら、楽しくて仕方なかった。

「ドラゴンよ、俺の言葉が分かるんだな?」

「先に問うたのはこちらだ。お前は本当に人間か?」

「おお!どうやら本当に分かるらしいぞ」

 ドラゴンは、やれやれといった様子でもう片方の手先、その爪を器用に男の頭にかけて、引き抜いた。

 いや、引き抜こうとした、というのが正しいだろう。

 男の頭は体から離れることは無かった。

 ドラゴンは確信する。この人間は何かおかしい。

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