Triangle(5)

雷藤和太郎

食人竜の村 01

 空腹だった。

 男が目を覚ましたら、目の前に滾々と湧き出る泉があった。それで渇きは癒せた。

 どうやら深い森の中であるらしい。

 背丈の五倍はありそうな大木に囲まれた泉は、そこだけ光が差し込んで、生き物のオアシスのような雰囲気である。

 目覚めた直後は、泉水を目当てに小動物が訪れた。鳥、兎、鹿、猪……。

 男は一頭の鹿に近づいた。鹿は煩わしそうに耳を動かすだけで、それきり男の行動に対する反応は見せない。

 その太い首にそっと腕をかけて、一息で絶命させる。男は小枝を指でポキリと折るように、その鹿の豊かな首を折った。

 他の動物はそれを意に介した様子はなかった。鹿は断末魔をあげる暇もなく、一切の警戒を示さなかった。

 男は無手で鹿の皮を剥ぎ、喉元の血管を手刀で裂いた。

 片手で後ろ脚を持って持ち上げると、喉元の血管から血が抜けていく。

「しまった……」

 いつだったか忘れたが、血液というのは非常に栄養価の高い飲み物だという話を読んだことを思い出す。あれはマンガだったか、ラノベだったか。

「まあいいか。それよりも、火をおこさないとな」

 男は鹿の死体を片手に大木によじ登り、女性の腰ほどの太さはある枝に血抜きをした鹿の肉を吊るした。

 男は火のおこし方に考えを巡らせる。

 摩擦?太陽光?硫黄と鉄分の入った石を擦り合わせれば火花が生じるのだったか。

 いつの間にか、泉の周りに集まっていた小動物は、その姿を消していた。

 代わりに、ミシ……ギシ……という音が森の奥深くから聞こえてくる。その音が、大木を薙いでいる音だと男が気づくのに、そう時間はかからなかった。森全体が軋みに悲鳴をあげているような気がした。

 獣道を押し広げて体を捻じ込むような音だ。

 得体の知れないものが現れる。それもかなり現実離れした「何か」だ。男は空腹を忘れて、期待に胸を膨らませた。警戒は怠らなかったが、泉の周りに作られた広場を離れて身を隠すような事もしなかった。

 何者かの足音が近づき、直接の震動となって数瞬。泉を囲っていた大木の一部が大きくしなって、体を捻じ込むように、一頭の獣が現れた。

「……ドラゴンだ」

 架空の生物。

 深い緑色の鱗は擦られた大木の皮を削り取り、四足歩行の為の前脚はゴリラのように異様な発達を見せているうえに、四本の指先には人間の脚ほどもある爪が付いている。ワニのように細長い顔と顎。不規則に配列された歯は、ノコギリの刃のように見える。

 獣の全容は見えなかった。大木を薙いだ状態で男を発見し、ドラゴンはまるで眉を吊り上げるような仕草をして見せた。

 何かに困惑しているようだった。

「何だァ?この人間、生きていやがるじゃねぇか」

「うっわ!ドラゴンが喋った!?」

 ドラゴンと意思疎通の出来る世界!

 男は口の端を目の前のドラゴンのように上げて、悪魔のような笑みを浮かべた。

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