食人竜の村 07

 怒りと失望とが綯い交ぜになったような顔を一瞬見せたかと思うと、トーイは額に手をやりその場に頽れそうになった。かろうじてタジの差し出した腕が彼女の腰を支え、抱き寄せるような姿勢で少女の上半身は後方へしなだれる。

 社交ダンスのようだ、と余計なことをタジが考えていると、トーイは意識を取り戻した。

「そんな……まさか……」

 うわ言のようにまとまらない思考の上澄みを呟いている。

「神様って……あれが?」

 控えめに言って人の言葉を理解するデカい爬虫類だとしか思えなかった。神秘的で、概念として理解され、人の前には現れず、善悪を超越したもの。それがタジの考える神であった。あのドラゴンは世俗的で、具体性があり、人の前に現れ、そして人間の手によって傷つけることが可能である。

「モンスターの間違いだろ」

 その言葉に反応するように、トーイが上半身を起こして言う。

「あの方は神の眷属、地竜ガルドの使いにして一帯の領主!」

 表情こそ平静を装っていたが、発せられる言葉の端々に怒りが滲んでいた。

「眷属の御使いとはつまり神の代弁者にして代理執行者。領主に楯突く行為は即ち神への反逆。そもそも領主は絶対の暴力を備えて……備えて?」

 トーイの口から出てくる言葉は、おそらくニエの村で散々聞かされた掟なのだろう。神が実存しているのかは定かではないが、どうやら先日のドラゴンは神に連なる何物からしい。もっともそれ自体も信憑性は疑いだしたらキリがない。単純な話、ニエの村にあのドラゴンを退けるだけの力が無いだけである場合もあるのだから。

 だから、トーイの動揺もそこにあった。

「あなた、どうして生きているの?」

「ずいぶんと哲学的な問いだな」

「はぐらかさないで!傷つけた?何を?神様を!?どうやって傷つけるっていうの!?あんな……」

「人間では傷一つつけることが出来ないはずなのに?」

 どうやら推理は外れてはいなかったようだ、とタジは思った。トーイの住むニエの村にとってあのドラゴンが神だろうと領主だろうと、ドラゴンに対して人間が対抗できる力を有していないことが揺らぎようのない事実としてあるのだ。

「あなたは……人間なの?」

 トーイの瞳に恐怖の色が濃くなったように感じられた。そっと後ずさるトーイの、腰に回していた腕を放す。一歩、二歩と後ずさるトーイの姿は、天敵に見つめられた小動物のそれに似て、タジにはそれがあまりに弱々しく感じられた。

 なぜだか急に悲しくなってきて、それでタジは努めておどけるように言う。

「ただの人間さ、ちょっとこの辺とか触ってみる?」

 拳を振り上げるように上腕で作った力こぶを見せて、歯を見せるように笑う。トーイは警戒を解かず、不穏な空気が一陣の風となって二人の間を過ぎていく。

 困ったな。

 タジの笑顔が引きつりかけたその時、力こぶを作っていた拳に一羽の小鳥がとまった。

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