第8話 第八幕

 「いやぁ、インテグラ様。この度は誠にありがとうございました。おかげさまで無事に宝石類を持ち主へと返すことができました。宝石というものは、家に代々伝わる家宝だとか、親の形見であるとか、皆それぞれに由来や曰くがあるものです。言うなれば、持ち主自身の一部なのです。そのような大切な物を全て取り返していただいて、本当に感謝申し上げます。つきましては賞金の方なのですが、我々の気持ちということで、多少ですが上乗せさせていただきました。どうぞお納めください」


 ウェストリバーリージョンの代表、スピアーノ=ラパンは恭しくそう言うと口元に笑みを浮かべた。副代表のロラ=アクシオが言ったように、賞金の受け渡しにはラパン自らが現れた。細い眼を、さらに糸のように細めるその様子は、不思議と善良さそのものといった印象をベルノたちに与える。


「山猫は森へ帰してしまったが、それでもよかったかの?」


 厳密に言えば、ベルノたちは賞金首を捕まえてきていない。そのため、条件を満たしていないとラパンに指摘をされることも覚悟していた。


「いえいえ。事の本質は盗られた物が戻ってくることですし、真犯人は捕まえていただいた訳ですから。山猫の方は、山へ帰そうが森へ帰そうが、なんの問題もございません。ただ、我々としては真犯人の存在については、どうかご内密に願いたいのですがね」


 ラパンは媚びるようにベルノの表情を下から窺った。


「それはまたどうしてかの?」


「いえ、山猫がたまたま入ったというのと、盗人が計画的に入ったというのとでは、世間の見る目が違いますからな。くだらないとお思いになられるかもしれませんが、我々はこの町の評判を下げたくないのですよ」


 大げさに首を振ってみせながら、ラパンはベルノの問いに答えた。


「そういうものかの」


 ベルノはここが分水嶺なのだと理解をしていた。この者たちは宝石の意味を知った上で、取り戻そうと奔走していたのではないのか。我々が何かを察したのではないかと疑っているのではないのか。ベルノはたいして興味がなさそうに返しながら、ラパンの反応に意識を向ける。


「えぇ、えぇ。そうでございます」


 ちらりと視線をやると、ラパンの細い眼の奥が鋭く光っているような気がした。


「ワシらはそれで構わん。山猫を見逃してもらっておるしの」


 ベルノは諸々の事情には関心を持っていないことを、それとなく示してみせる。しかし、それで上手くいくのかどうか確信はなかった。


「ご理解のほど感謝いたします。では、こちらも……。どうぞ、どうぞ、お納めください」


 すると、いつの間に手にしていたのか、ラパンが布の包みを渡してきた。


「……口止料かの」


「いえいえ、滅相もない。ただのお茶代ですよ。他意はございません」


 ラパンはベルノの手を取ると、すっと布の包みを掴ませた。変わらず人の良さそうな表情をしてはいたが、ラパンの細い眼にどんな色が浮かんでいるのかは窺い知れなかった。


「他人の好意を徒や疎かにしては人間の底が知れるというものか……」


「左様でございますよ」


 何かはある。ベルノは確信をする。しかし、深入りをしなければラパンたちの興味関心を引かずには済むようだ。


「……うむ、では頂戴するとしよう。時に代表殿、山猫の奴は人馴れをしておる。ひょっとすると、また町へ戻ってくるやも知れん。今度は殺してしまうのかの?」


 すると、ラパンは細い眼を少し見開いて答えた。


「いえ、我々としましても無用な殺生は避けたいものです。殺さずに済むのであれば、それに越したことはありません」

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