第6話
まいったな、と最初にトオルは思っていた。
男女で学校サボって制服のまま遊園地なんてこれじゃまるで不良じゃないか、と。
「トオル君トオル君! 次はあれ乗りましょうよ!」
「うっ……もしかしてあれ……」
「そう、あれ。『フライングパイレーツ』」
にっこりとほほえんで、理那は前方にある大きな建造物を指さした。
三角形をした太い支柱の頂点に、大きな船の形をした乗り物がぶら下がっている。支柱の真ん中には『FLYING PIRATES』と大きく名前が掲げられていた。あれが『フライングパイレーツ』だ。
船の形をした乗り物が左右に大きく揺さぶられるアトラクション。平日の昼間と言うことで乗客もまばらだが、嬉しいような楽しいような悲鳴が聞こえてくる。
「そ、あ、あれ以外にももっとあるんじゃないのかな……ほら、なんだ……」
「だーめっ。アレに乗るって決めたんだから。彼女に付き合うのが彼氏でしょ!」
トオルは絶叫マシンと呼ばれるものは得意ではなかった。むしろ苦手だった。しかし理那に連れられると、不思議と本気で拒否できずにいた。
平日のとしまえんは案の定空いている。
親子連れや大学生が圧倒的に多いが、同じ考えのカップルもいるのか、どこかの高校の制服を着た若いカップルをここまでに二組ほど見た。
すでに陽は傾き、『フライングパイレーツ』はオレンジ色の光で照らされている。
あれから気づかれないように屋上から教室へと引き返し、誰もいない教室で自分の財布を回収。そのまま玄関から二人で学校を出、電車に乗ってとしまえんまでやってきた。最初こそ戸惑ったが、彼女に流されるまますでに六つのアトラクションを堪能してしまっている。
補導されなかったのが奇跡に近いな、とトオルは思った。自分の携帯を取り出して現在の時刻を確認する。
時間はすでに夕方の四時を回り、学校では四時限目が終わっている頃。凛太郎からたびたびメールが来て、「うらやましいぞオイ!」とか「なぜ今! 今なんだああああ!」などと怨念の文句がかれこれ二十通ほど来ていた。そして教科書類を理科室から教室の机の中に回収しておいてくれたようだった。あとでお礼を言わないとな、とトオルは心の中で感謝する。
「なぁ、無駄だと思うけど聞いて良いか?」
「なに?」
「なんでまた、出し抜けにとしまえんなんだ?」
すると理那は、何でそんなことを聞くの? といった様子できょとんとする。
「なんでもかんでも、唐突に私が行きたくなったから」
「なんだそれ……だからって授業サボってまでいくかぁ?」
「私は私の行きたいところに行くの。どんなときであっても。そして一緒にいたい人と過ごすの。せっかくそれができる状況なのに、そうしないともったいない!」
ニカッ。
屋上で見せたのと同じ表情を、理那はしてみせた。
「それじゃダメ?」
何のオブラートにも包まない直接的な表現に、頭がくらくらしそうになった。
嬉しかった。
何者にも縛られない、自由な彼女。
そんな理那に少しだけ驚くが、これまでの彼女の行動を見ていると妙に納得してしまう。
「なあ、なんでそんなに自由でいられるんだ?」
「自由なんかじゃない」
理那が答えるが、ちょっとだけ寂しそう。トオルにはそう思えた。
「自由なんかじゃないよ。憧れてるだけ」
彼女の言葉の意味を測りかねて、それ以上言葉をかけることが出来なかった。
もっと自由な彼女を知りたい。彼女が何に興味を持って、何に魅せられるのか知りたい。そしてその隣にいたい。トオルの胸はいつの間にか焦がされていた。
「ほらはやく並ぼうよ!」
理那が目を細めると、彼女の長いまつげがよく見えた。
隣で子供のように笑う理那は新鮮で、授業をサボった罪悪感も制服でいることの気まずさも忘れそうになる。
ふと、聞き覚えのあるメロディ。
ズボンのポケットに入れた携帯が鳴っていた。表示を見ると、凛太郎からだ。
教科書類を回収しておいてくれたお礼も言いたい。そう思って、トオルは電話に出た。電話でしばらく彼のイヤミを黙って聞いた後、教科書の件のお礼を言う。
「それはいいんだけど……」
なにやら煮え切らない様子。
「どうした?」
「いや、上谷が電話しろってうるさくてさ」
「上谷が?」
そういえば盗聴器探知機――名前なんだっけ――はうまく直ったのだろうか。まぁ、今日の今日で無理だろうな。
なにやらゴソゴソと音がして、「もしもし!」と興奮した様子の女の子の声が聞こえた。電話越しに聞くのは初めてだったが、聞き慣れた上谷あかりの声だった。
「上谷……」
「高瀬川君! やっぱり君盗聴器仕込まれてるわ!」
ここにきてまたか、と思った。
ふと視線を上げる。
理那の姿がない。
「だからこの会話は盗聴されてる。どこかに怪しい動きしてる人いない? いや、近くにいるわけないか……」
まだ言ってるよ……とちょっと呆れつつ、トオルは理那の姿を探した。
「ちょっと! 今この声を聞いてるアンタ! 誰だか知らないけど名乗り出なさいよ卑怯者!」
彼女はすぐに見つかった。
トオルが電話を取った場所からは死角の、アトラクション近くにある看板の影。
片耳だけイヤホンを耳に当て、左手になにやら黒く手のひらに収まる大きさの機械を持っていた。
イヤホンは機械から延びているようだ。真剣な表情で聞き逃すまいとうつむき、身構えている。
「……!」
理那がトオルに気づいて、はっと顔を上げた。
その拍子にイヤホンが機械から抜ける。機械のスピーカーから携帯と同じ声が聞こえた。
トオルは左耳から携帯の、右耳から機械の声を聞いていた。
「ヘンなことしてたって私の作った機械にはまるっとお見通しよ!」
「おい……」
「おいこらー! 聞こえてるんだろこらーっ!」
「なんだよ、これ……」
クラスメイトの声を聞きながら、トオルは呆然と立ち尽くすことしかできずにいた。
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