第3話
「はいはいはーい! そこの三人組ちょっとストップ!」
理那とトオル、半歩遅れて凛太郎が教室に入ると、電話の子機ほどの大きさの機械を持った女子生徒が彼らを呼び止めた。彼女の持つ機械からは、甲高い電子音がピピピピピピ! と切れ目無く発せられている。
女子生徒は三人の近くへ駆け寄ると、理那、トオル、凛太郎と順番に機械を差し出しては引っ込める。そして同じようにして、もう一度トオルの前に差し出しては引っ込めた。
「高瀬川君、あんた、盗聴されてない?」
女子生徒――上谷(かみや)あかりは眉根を寄せてそう言った。
眉毛にかかるぐらいの前髪に、背中まで伸びた黒い髪。着ているものは理那と同じ制服。しかしあかりはタイをきちんと締めている。まじめで実直な彼女らしく、スカートも校則通り膝上五センチでそろっていた。
「と、盗聴!?」
トオルが驚くと、あかりは表情を変えずに持っている機械を顔の高さまで上げる。
「これ、新作の盗聴器発見器」
短く言って、あかりは口元を固く結んだ。なんだか緊張しているような印象をトオルは受ける。
「なんでまたそんなもん作ったんだよ……」
「高瀬川君に反応してる。あなた、盗聴器が仕組まれてるわよ」
あかりは多くの女子に似合わず機械いじりが趣味で、こうしてなにかしらの機械を作っては学校に持ち込んでテストしているのだった。
学校に不要なものを持ち込むあたり本当にまじめなんだろうか、とトオルは思う。
「そ、そんなばかな……」
盗聴される筋合いなどまったくない。
「というか、男のオレを盗聴して誰が得するんだよ」
「んなこと知らないわよ。とにかく、反応したものは反応したんだから……」
あかりが途中まで言いかける。ふむ、とそれまであごに手を当てて考えこむ仕草を見せる理那。
不意に先ほどと同じ要領でトオルのズボンのポケットに手を突っ込んだ。
「おいっ! ちょっと……」
抗議の声を上げるトオルにはお構いなしに、理那は彼のズボンから携帯電話を取り出した。
ピピピピピ! あかりの持った機械は、さらに大きな音量で機械音を放つ。
「これに反応してるんじゃないかしら?」
「え、携帯に?」
理那はトオルの携帯を開くと、慣れた手つきで操作する。ボタンを長押しして電源をオフにした。
「あ……」
「携帯電話の電波に反応してたみたいね。今時ペースメーカーも反応しないわよ」
あかりは泣きそうな顔になり、頭を抱える。
「う、うう……機械の不具合かぁ……まさか3Gを拾っちゃうなんて……しゅないだぁ三号……」
機械は『しゅないだぁ三号』という名前らしい。
「まあまあ上山さん、そう落ち込まない。失敗は成功の母って言うでしょ」
やわらかく笑いながら、あかりの肩に手を載せる理那。
「ううーん、っかしいなぁ……」
頭をかきかき、不満げな様子で上山あかりは自分の席へと向かった。すぐに泣きそうな顔だったのが元に戻っている。
トオルと理那はお互いの顔を見合わせてから、それぞれもまた自分たちの席へ向かう。
「ほら、トオル君」
理那は先ほど電源を切った、トオルの携帯電話を持ち主に差し出した。
「電源は切ってあるわ」
「あ、ありがとう……」
そしてトオルが席につき、理那も自分の席に座った。彼女の席はトオルの一つ後ろなのだった。
ふう、とトオルは一つ息を吐く。
教室を見回すと、やはりいつもの朝の喧噪だった。
上谷あかりは自分の机で先ほどの装置をばらし始めているところ。凛太郎は凛太郎で、野球部仲間と昨日のプロ野球中継について熱く語っている。
その他にも教室の中では、昨日のテレビの内容を話す者、今日の授業の内容を話し合う者、一人で静かに読書する者。朝のショートホームルームが始まるまでの時間を、クラスメイト達は思い思いに過ごしていた。
開け放たれた窓から入り込む、柔らかく熱気をはらんだやわらかい風。膨らんだ白いカーテンを、トオルはぼーっと見つめていた。
学期明けでもなく連休明けでも週の初めでもなく、夏休み直前というわけでもなく文化祭までは気が早く、修学旅行など鬼が笑わないまでも失笑するレベルに先だったある日。
相澤理那は突然転校してきた。
初日によくある自己紹介を済ませ、その日の放課後呼び出され、告白された。
『あなたが好きです。付き合ってください』
簡単でシンプルな言葉。
もちろんトオルは戸惑った。彼女が欲しいと漠然と思ってはきたが、転校してきたばかりの女子生徒から、しかも転校したその日に告白されるとは。
彼女ができたことは嬉しい。しかも告白されてだし、自分もそう捨てたものでは無いと思うこともできる。
先ほどもそうだったが、気を抜くとちょっとにやけてしまっていることもある。理那は美人の部類に入るし、ここは素直に喜ぶべきところなのだろう。
でも。
トオルは理那への接し方をはかりかねていた。
凛太朗が先ほど言っていた言葉。
『お前も相変わらず尻に敷かれっぱなしだなぁおい!』
その通りだ、とトオルは思っていた。確かに自分は彼女の尻に敷かれている。
なんか、誰かの彼氏ってみんなこんな感じなのだろうか。
こんなんでいいのかな、なんかちょっと違うんじゃないのかな、と。
携帯をチェックされ、朝からペースに巻き込まれ……もちろんぶん殴られるので凛太郎には相談できなかったが、彼氏・彼女の関係性としてこのようなもので良いのだろうか。告白されてそれを承諾して一週間ほど。トオルは理那のことをよく知っているとは胸を張って言えずにいた。
この先どうやって理那と接していけば良いのか。
もちろん彼女なんて初めてだから距離感というものは測りかねるものだが、それ以前に相澤理那という女の子とどう関わっていくべきか。
……いや、こんなこと考えてる時点で贅沢なのかもしれない。
高校生の男で、彼女がいる。言い方は悪いが、勝ち組と言っても大きくズレてはいない。
今はただ優越感にだけ浸っていようかな。そんなよこしまな考えをトオルがしたときだった。
「ん?」
トオルになにやら後頭部がむずむずする感覚。
そしてかすかに頭皮を引っ張られた。
なんだろう、と思ってトオルが後頭部に手を伸ばすと、誰かの手に当たった。
「……!」
彼は慌てて手を引っ込め勢いよく振り向く。トオルの後ろに座った、理那だった。
「ああ、もうちょっとだったのに」
「な、なにするんだよ」
焦りながら、トオルは後頭部を右手でポンポンと軽く叩く。手探りで何が起こったのか確認するためだ。
「いや、君の後ろ髪を見てたらさ、なんとなくみつあみにしたくなっちゃって」
悪びれる様子などみじんも無く、理那は言った。
「そ、そんなに長くないだろ……」
「そうね。でもほら、なんとなく君の髪って柔らかそうだし、行けるかなぁと思って」
「行けるってなにがだよ」
「みつあみ」
「なんでまた……」
「別に、なんとなく試したくなっただけ」
理那は少しだけ口角を上げた。
「なあ、相澤さん」
「理那」
「……あいざ……」
「理那」
「理那、聞いても良いかな」
「何?」
トオルは無駄かもな、と思った。
何度となくした質問だったからだ。
彼女の答えは予想など付いていたが、今一度聞かずにはいられない。
「なんで、俺なんだ?」
「……」
理那は答えない。
トオルは少し落胆した。間を置かずに彼女はちょっとだけ首を傾げる。
「……ビビビッと来たから?」
またその返答だった。
具体的な答えで無く、感覚的なものだという理那。彼女の答えはいつもこうだった。
「別に理由なんて無いわよ。ただ直感的にそう思っただけ」
「本当か……?」
トオルは眉根を寄せる。
「嘘なんかついてどうすんのよ。それともなに、彼女の言うことが信用できないっての?」
「そんなことは無いけど……」
なんかはぐらかされたような気がしてならない。
というか、話がループしているような……
「ほーら、早く授業の準備する!」
そう言われて彼女から顔を逸らし、トオルは自分の机に向かった。昨日机の中に入れていた数学の教科書とルーズリーフ、筆入れを机の上に置く。
始業のチャイムが鳴り、教科担任が来るまで彼は席に座ったままだった。
そんなに殊勝な生徒なつもりは無かったが、教師が来る直前まで立ち歩くほどだらしないつもりはなかったし、なにより動こうにも動けなかった。トオルはまた後頭部がむずむずする感覚に襲われたからだ。
後ろの席で理那がトオルの後ろ髪をみつあみにしていることは明白だった。積極的に退けるのも面倒になって、彼はそのままの姿勢でみつあみができあがるのと教科担任が来るのを待っていた。
みつあみができるより先に、教科担任の方に早く来て欲しいとトオルは思った。
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