第2話

 高校に到着し自転車を駐輪場に止めてトオルが校舎に向かっていると、ズボンの左ポケットに入れた携帯が鳴っていることに気づいた。

「やばっ……」

 トオルの通う高校は携帯持ち込み禁止である。

 いくら品行方正な生徒ではないといっても、率先して教師にたてつくような不良であるつもりもない。現に髪は黒いし、制服のシャツもズボンから出さずに着ている。

 今朝切り忘れたであろう携帯の電源をなんとかしようと、トオルが左手を伸ばした時だった。

 自分のものでない、細い腕がにゅっと伸びてきて勝手にズボンのポケットに突っ込まれる。

 トオルが驚いて腕の主を探す。

 理那だった。

「お、おい……」

 ズボンのポケットに手を突っ込まれた気持ち悪さ、それが女の子だった気恥ずかしさ、勝手に携帯を取り出された抗議。トオルはいろいろなものが詰まった声を上げる。弱々しく虚空を漂うにとどまってしまったが。

「相変わらず左ポケットなのねぇ。カバンに入れておいた方がいいわよ」

 左手に自分の携帯、右手にトオルの携帯を持っていた。トオルの携帯の場所を示すためだけに着信をしたようだった。

「ふむふむ……今日も怪しい着信もメールはなしっと……」

 トオルの折りたたみ式携帯電話をカチカチと左手で操作しながら、右手は肩越しにスクールバッグを提げている。

「ちょっと返してくれよ」

「ダーメ。彼氏の動向をチェックするのは彼女の役目でしょ」

「役目なのか、それ……」

 なんとなく面白くないような感覚とともに、トオルは理那から携帯電話を取り戻す。元通り、ズボンの左ポケットに入れた。

 なにかを忘れているような感じと共に、「ただのプライバシー侵害じゃね」とトオルが言いかけた時だった。

「おーぅ、お二人さん相変わらず熱いね!」

 トオルと理那が振り向くと、さわやかな笑顔と共に見慣れた制服を着た見慣れた顔がこちらに歩み寄ってくるところだった。

 白いワイシャツに紺色のネクタイを付け、グレーのズボンの中に入れている。野球部所属のため髪は八分刈りでそろえられ、浅黒く日焼けしていた。目鼻は低いがそれほど不細工でもないよなぁと顔を見るたびに思う。

 二年C組。トオルと理那のクラスメイト、田中凛太郎(たなか りんたろう)だ。

「高瀬川! お前も相変わらず尻に敷かれっぱなしだなぁおい!」

 ばしばしと大げさに肩を叩いてくる。

「おい、今日は朝練ないのかよ」

「あー、予選も早々に負けちまったしさ」

 なんとなくいいづらそうにぽりぽりと頭をかく凛太郎。

「おいそれより! なんだなんだ朝っぱらからいちゃつきやがってからに!」

 びしっとトオルを指さす。

「くっそーなんでこんな男と……理那ちゃん美人なんだからもっといい男と付き合えばいいのに。例えばオレとか!」

 そうは言いつつも、特に本気で突っかかってくることもないのが田中凛太郎。

 どこまで本気なのだろうか。昨日B組の女の子をナンパしているの見たぞ、とトオルは心の中でツッコミを入れた。

「理那ちゃん理那ちゃん! こんななさけない男ほっといて、オレと付き合わない?」

 ニコニコと笑みを浮かべトオルの肩に腕を伸ばしながら、凛太郎は理那に話しかける。

 三人は校舎の中に入り上履きに履き替え、二年C組の教室へ向かうところだった。

「嫌よ。それになさけないところがいいんじゃないの」

「なさけないところは否定しないのか……」

 トオルは少し目を細め、げんなりしたようにつぶやく。

「なぁなぁ、今度四人でどっか行かないか?」

 四人というのは、凛太郎とトオル、理那に加えて、クラスメートの上谷あかりのことだ。

「ダブルデート? 上谷さんはあなたとカップルになってるつもりはないと思うわ」

 理那が冷たく言う。凛太郎はめげずに答えた。

「ダブルデートじゃないけどさ! 夏休みなんだし、どうせおまえら暇だろ? としまえんとかどうだ?」

 としまえんというのは、隣町にある遊園地だ。

「なんでまたとしまえんなんだよ」

「だってよぉ、デートといえば、遊園地、遊園地といえばとしまえんじゃね?」

「答えになってねぇ……」

 なんという安直。その真っ直ぐさに、トオルは彼のことを嫌いになれないでいたのだった。

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