相澤理那のみつあみ
つなくっく
第1話
高瀬川トオルは少しだけ浮かれていた。
ついこの間、彼女ができたばかりだからだ。
小学校、中学校、そして高校生になっての一年間、彼女などというものを作ったことがない。
生まれて初めての彼女だった。
しかも告白されて、だ。
生まれてこのかた十七年間、彼女ない歴イコール年齢で過ごしてきた。
それなりのあこがれや、年相応の興味、好奇心はある。
健全な男子皆が持っているといっていいだろう。
また、やはり多くの男子がそうであるように、今一歩積極的になることもできずにいた。
しかしそんなもやもやなんて、もう自分には無用の産物。そう思っただけで口元が緩み、気を付けなければ自分の意思とは関係なく自然と笑みを作ってしまう。
まぁそんなものさ。
しかたないさ、うん。
そんなことで納得しようとするも、納得したからと言って緩んだ口元が元に戻るわけではない。
トオルは無理矢理気を紛らわせる材料を探しながら、いつもと同じ道を登校していた。
高校に入学して二年目。毎日同じ道で、同じルートで登校していればそれなりに慣れというものは生じる。
東京とは言っても、この近辺は大都会とは程遠い。ごくごく普通の住宅街だ。
変わらない家並み。
変わらない景色の流れ。
変わらない道だった。
病院の前を通り過ぎる。看板には病院の名前と、「当院に御用でない方で駐車された方はお尻に注射します」の文字。
……相変わらずヘンだよな。あの看板。トオルは少しだけ苦笑して、相も変わらずそこにある日常を感じながら自転車のペダルをこいでいた。
そしていつも同じ時間帯に通学する、見慣れた制服のブレザーと見慣れた顔。いつのまにかトオルは立ちこぎしていた。
自転車のスピードと心地よいスリル、切れる息を感じながら彼らを追い抜いて行く。または同じく自転車に乗った制服姿に追い抜かれていく。毎朝恒例、まさしくいつものという言葉がふさわしい登校風景だ。
制服姿と、彼らの自転車に貼り付けられた自転車通学許可証のステッカー。今追い抜いていったのは……許可証のステッカーが黄色いから一年生かな。トオルはほんの少しだけ悔しくなる。
赤信号で止められた。
自転車のブレーキをかけ、足を地面に置く。
うーん、今日も止められてしまった。
タイミング良く青信号で通れた日って結構気持ちいいんだけどな。今日は仕方ないか。
夏を間近に控えほんの少しだけ浮足立った高揚感とともに、心地の良い日差しが降り注いでいた。
六月も終盤にさしかかり、期末テストまでにはまだ日がある。
トオルはあまり勤勉な学生ではないと自負しているせいか、慌てて勉強を始める時期でもない。少しだけのんびりとした日常を謳歌していた。
今日の一限目は数学か……そんなことをぼーっと考えている時だった。
「うわっ!」
不意に後輪が重くなる。
直後、お腹の上のあたりになにやら白い手が廻された。
「ちょっとちょっと! なにモタモタしてるの!」
どこかから女の子の声が聞こえる。
たぶん歳は同じぐらいだろうか。特に幼い様子でも老けた様子でもない。そのハスキーボイスは少しだけ甲高く、やけに耳に残る声だった。
あたりを見渡す。
朝の柔らかい光の中で、先ほどと変わらず見慣れた制服姿が歩いている。自転車に乗る者、歩く者……
「……?」
いくら見渡しても、声の主は見えない。
空耳か? とトオルは最初に思った。
まさか……でも最近寝不足かもしれないな。もっと早く寝るようにしなきゃ。トオルがそう思ったときだった。
「ちょおっとお! どこに目ンタマつけてんのよぉ!」
「わっ!」
急にがくがくと身体を揺さぶられる。
慌てて後ろを振り返った。
「あれっ……」
姿はない。
というか景色もなかった。
目の前には白く暖かい壁がそそり立っているだけで、依然として声の主の姿が……
「ちょっと早く走る走る!」
ずいっと。
見知った女子生徒の顔が鼻先に突き出された。
「おわっ!」
「遅刻するよ!」
化粧気の少ない肌。くっきりした切れ長の目と、綺麗にカットしている逆ハの字型の眉。
つやのある黒髪を後ろで結い、某国民的猫型ロボットの形に彫られた金属製の髪留めで束ねている。トオルの通う高校の制服を来て、肩からは同じく高校のスクールバッグを下げていた。
制服のブラウスにつけられた学校指定のタイはゆるめで、グレーのプリーツスカートは校則よりも少しだけ短い。膝上十センチほどだろうか。一見すると派手な印象だった。
自転車の後輪軸部分に右足を乗せ、左足は地面に。膝下まである紺のハイソックスを履き、靴は茶色い学校指定靴。スカートから伸びた両足が間近に感じられてトオルはあわてて目をそらす。
これがトオルの彼女。名前を、相澤理那(あいざわ りな)といった。
「ねぇねぇ! 早くしなよぉ~!」
両手をトオルの肩に置き、語尾を延ばしながら、彼女は自分の身体を左右に揺らす。
「おい、揺らすなって!」
「なになに? それとも彼女と二人乗りできないって?」
少し口をとがらせ、目を細めて理那は言った。
「うっ……んなことは……ないよ……」
「よろしい。そうでなくっちゃ」
満足そうな理那。
「おい、ところでなんでこんなところにいるんだよ。いつも自転車通学なんじゃなかったか?」
トオルの言葉はそのままの意味でもあり、いきなり後輪に乗られた抗議の意味でもあった。
そんな意味などなかったかのように理那は表情一つ変えずに言う。
「あれ、そうだっけ? 私いつも歩きだよ」
そうだったかな、とトオルが記憶をたどり始める。しかし理那はそんなことにおかまいなし。トオルの背中を軽く叩いて、
「じゃあ、しゅっぱーつ!」
朗らかに声を上げた。
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