現代ファンタジー編

ヘイ Kami! ①


 日曜の朝。



 気がついたら目の前はどこまでも続く明るい水色。水色のキャンパスに筆を擦ったみたいに、所々白い線がある。

 雲。水色は空だ。広い空。

 わぁステキ。空を自由に飛びたいなっていう歌の気持ちが今わかる。夢みたい。


 後ろには深い青色があり、その青がものすごい勢いで迫ってくる。近づくに連れてその青はうねりを見せ、白い波を作るのがわかる。


 海か。



 海が、迫ってくる?


「えっ? えっ? うわぁぁぁ!?」

「あっ起きた。おはようございまーす」

「いやあぁぁぁぁぁぁ!!」

「大丈夫。死なないから」

「いやあぁぁぁぁぁぁ!!」

「落ち着いて。だいじょう……」

 呑気な合いの手が入るが対処できない。内臓がふわっと浮き、恐怖が加速して深い青目掛け、一直線。


「いやあぁぁぁぁぁぁ!!」


 沖に小さな水柱が立った。


 ✳︎ ✳︎ ✳︎


 やっとの思いで岸に着いた。落ちた場所は思ったよりも浜辺に近く、自力で上がることができた。できたとは言っても、四つん這いのまま動けない。


 水を吸った服は体にまとわりつき、体の動きと体温を奪う。動きが奪われる分、かなりもがいて体力を消費した。幸い天気は気持ちの良い秋晴れで、濡れた服の上から太陽の日差しが暖かさをくれて助かるが、足りない。体力がすぐに回復する歳でもない私は息を整えるので精一杯だ。

 だけどとりあえず聞いておかないといけないことがある。


「誰」

「天使です!」

「ケーサツ呼ぶわよコラ……あっ!?」


 文句を言いたかったが口から出る寸前で飲み込んだ。

 私の目の前にいるのは、金髪にエメラルドのような眼の色の少年。少年だ。濡れた髪からぽたぽたと雫が垂れても全く気にしていない様子で私を見つめている。

 薄い水色のTシャツに短パン。その下には紺色の長袖とスパッツを履いている。そして腰に巻いたポシェット。どこからどう見てもマラソンランナーの格好だ。


「ね。大丈夫だったでしょう」


 爽やかな笑顔はスポーツウェアか何かのCMみたいで、びしょ濡れの見た目も海をバックにやたら絵になる。


「全然……大丈夫じゃ……ないわよ。ここどこよ!? あんた誰よ!? 何よ! いたずら?」

「いたずらなんかじゃないですよ。私は天使です。彩月さつきさん、あなたの願いを叶えるために参りました」

「……じゃあキャンセルで」


 自分のことを天使だという少年は眉を下げて小首を傾げる。


「でも、あなたの願いは受理されてしまいましたし……」


「はぁ? ……願い? 受理ぃ?」


「覚えておられませんか? 昨日、バーのハロウィンパーティで隣の席の人にもたれかかりながら話していたの。あれ神様です。一晩ずっと一緒に呑んでらしたみたいですよ。僕が呼ばれた時は、彩月さん道端で寝てました」


 はて。


 私の悪いクセ。飲みすぎて記憶を無くす。天使から昨日の話を聞かされる内に、思い出したかのように頭と節々がギシギシと痛みだした。飲みすぎた次の日は決まってこうなる。私の体も律儀なものだ。


 昨日のパーティは、ハロウィンだからみんな仮装していて誰が誰だかわからない。天使が言うには、私は隣の席にいた人を常連仲間の北見さんと勘違いして、延々と元彼の愚痴やら何やら話していたらしい。

 その時隣の席にいた人が神様で、私は神様に願い事をしたそうだ。


「キャンセルできるかなぁ……」


 そう言うと、金髪天使少年は腰のポシェットから黒く四角い物体を取り出し、話しかけた。


 そういえばなんでこの子はマラソンの格好してるのかしら。


「ヘイKami!」

『ミカ、こんにちは。ご用は何ですか?』

「彩月さんの願いをキャンセルできる?」

『質問を、受け付けました。

 ……受理された願いはキャンセル不可です』

「やっぱダメか……。彩月さん、これ見て下さい」


 差し出された黒い物体には数字が描かれていて、1秒ずつ減っていく。


「何これ」

「福音受信端末『神のみぞ知る』です。今表示されてるのは願いが叶うまでの時間ですね。日曜日が終わる瞬間に願いが叶い、この世界から男性が削除されます」


「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」


 浜辺に響く絶叫で、サーフィンしてるお兄さんがバランスを崩してボードから落ちた。

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