先生の秘密
まるでお決まりのような、週末の台風日本直撃に慣れてしまったことに歳を取ったと感じる今日この頃。
子供の頃、台風は特別だった。
風で全てをなぎ払い、屋根や森の木々を巻き上げ吹っ飛ばしながら進む様に勇ましさを感じていた。
あの頃は何故か、家の中は絶対、世界で一番、安心で安全な場所だと信じて疑わなかった。坂道を意味もなくダッシュで駆け下りて、砂利道で思い切りすっ転んで両膝から血を流しても、友達と喧嘩して一生口をきかないと言われても、家に帰れば不思議と嫌な気持ちを忘れたものだ。
台風が来る時は、家の中で学校が休校になる時間に自分の住む町を通ってくださいと台風にお願いし、いざ通り抜ける時は窓に張り付いて自然の猛威を目の当たりにしてワクワクした。
台風を見ていると、妙に体の内側の熱を感じた。神様のように畏れるものでもあり、度胸試しのムチャないたずらをして一緒に遊ぶ、気のおけない親友のようでもあった。
中学高校と大人になるに連れ、台風は徐々に煩わしくなった。部活、夏期講習、彼女とのデート。明日の先を気にして思い悩む歳頃。
大学で教員免許を取り、高校教師になった今、台風はさほど気にしない。
テレビのニュースをチェックして台風の通過時間を予想し、月曜日の通勤時間と被るようなら余裕を持って家を早く出る。ビニール傘はゴミになるから持たないで折り畳みを鞄に入れる。家を出る時はカッパを着るのだ。住んでいるマンションは駅まで徒歩15分。これが意外と長い。
いつの間にか台風は、1年のうち夏や秋に何度かある、ただの自然現象へと成り下がってしまっている。
そんなことを考えながら今、俺は。
ジャラジャラうるさい金属音と、全方位で鳴り響く電子音の渦に耳をやられ、確実に肺に悪い煙草の煙まみれの空気に囲まれて、右手で巻き起こす小さな台風に一喜一憂している。
家の窓に張り付くのと同じように、目の前の盤に張り付き、赤保留からのアツいリーチを見守っている。
今の時代、教師という仕事は肩身が狭い。休みの様子を生徒に見られたらSNSで即呟かれる。学校やクラスの掲示板では何を書かれてるんだか。怖いからキャバクラなんか絶対無理だし、レンタルビデオ屋もダメだ。いや、AV借りるわけじゃない。
どうせ出くわしたら面白がって有る事無い事書かれるだろう。そういう事はやってはいけないと生徒に教え諭すのが教師なんだろうが、めんどくさい。こっちは休みだっつーの。
せっかくの休みを晒されるのは御免だが、生徒を気にして休日に一歩も外に出ないのも勿体ない。
というわけでパチンコだ。
店に入れば似たような大人ばかり。子供は入って来ない。外の穏やかな空気と比べたら異世界だ。俺も馬鹿じゃないからハマるような打ち方はしない。たまに来るくらいだ。
ガキーン!!!
盤の上部から真ん中へ、虹色のサーチライトが落ちて光る。
来た。
お馴染みのテーマソングが流れ、自分の台からジャラジャラと流れる玉が気持ちいい。
たまにはこういう日もいいもんだ。
確変が終わるまで打ち続けて、終わって少し回してから切り上げた。
マイルドセブンを加えて店の外に出ると、帽子を被った男が2人、不自然に俺に背を向ける。
俺の目は誤魔化せないぞ、くそガキ共。
「よお!」
「うわあ!? 入ってねーって! 見てただけだよ!!」
「ふーん。へー。見てただけねぇ」
「ホントだって! ホント!!」
「こんな台風の日に外出て危ねぇぞ」
「いやぁ、なんかこういう日っていつもと違う場所に行きたくなるっつーか。まさか先生が見回りしてるなんてさぁ。すげーな先生、大変だな。こんな日まで仕事かよ」
曇天は渦を巻き、時折強い風が吹く。町は閑散として妙に静かだ。
両脇にかわいい生徒を抱えたまま、胸の内側、奥底に、微かに熱を感じた。
「よーしお前ら飯食うか? 奢ってやる」
あと数年で大人になるこいつらを、かわいいと思ってしまう俺はやっぱり歳を取った。
「お前ら、明日学校で言うなよ!?
ネットにも書くんじゃねーぞ。秘密だ、秘密」
こういう時だけやたら返事のいい生徒を連れて、歩き出した。
台風の迫る町に。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます