第十章

 あれから一週間。例のライブハウスのオーナーさんから「そろそろ返事を」と師匠に連絡があって、涼君と一緒に話を聞くことになった。

「涼君、ありがとね。なんだか、怖くて…。」

「いいさ。もともと有休取れって上司に言われてたから、ちょうどよかったよ。あと…。」

「あと?」

「…あいつらに任せたら、いやな予感しかしなかった…。」

「それは…うん、私も…。」

 三人とも、『俺たちも同席する!!』って言ってくれたんだけど、みんな仕事が忙しいらしくて、涼君と二人でなだめてきた。みんな興奮すると手が付けられなくなっちゃうからね…。

「坊主、ちゃんと話聞けよ。俺も同席するがな。」

「え、師匠も?」

 涼君が言うと、師匠は頷いた。

「俺も嫌な予感がするんだ。なんか裏がありそうな…。」

「師匠、ありがとうございます。」

「いいてことよ!」

 そう言っていると、オーナーさんが来た。

「おや、今日は一人じゃないんですか…。」

 驚いてる…。しかも、なんか嫌そう…。

「一応、リーダーなもんで、お話を聞きに来ました。」

「そうですか、まあ、いいでしょう。」

 そう言ってオーナーさんは私たちの向かいに座る。師匠がお茶を出してくれて、話が始まった。

「どうするか、決めましたか?」

「え、えっと…。」

「すみません、実はグループ内でも意見が割れてて…。もう少し時間をいただけませんか?」

 営業スマイルで涼君はそう言う。こういう時、頼りになるな…。

「ふむ、困りますね。」

 オーナーさんは腕を組んだ。困るって、何が?

「では、風野さん、あなたはどう思っていますか?」

「わ、私は…どうしたらいいか、分かんなくて…。」

 おどおどしながらそう言う。顔が見られない…。

「あなただけでも、来てくださいませんか?」

 でも、その言葉は聞き逃さなかった。

「え?『私だけ』?」

「そうです。実はあなたに合いそうなバンド、いるんですようちのハウスに。」

「私に、合いそうな、バンド?」

 何?なにを言ってるの、この人…。私は、パザジールの一人なのに…。

「それ、どういうことですか?」

 少し怒った声で、涼君が聞く。カウンターにいた師匠もこっちに来てくれた。

「君たちのバンドじゃ、この方には役不足なんですよ。」

「はあ?」

「おい、あんた、何言って…。」

 師匠が聞く前に、私は腕を掴まれ、立たされた。爪が立っていて痛い。

「悪いですけど、この方は連れて行きます。私が用意したメンバーに紹介しなくては。」

 私はそのまま引きずられるように連れてかれる。怖くて、声が出なかった。

「おい、何勝手に決めてんだ!天を返せ!!」

 車の手前で涼君が私に向かって手を伸ばす。

「涼君!!」

 泣きながら私も手を伸ばしたけど、一歩届かず、車に放り込まれてしまった。そのままドアが閉じる。

「さ、行きますよ。」

 オーナーは素知らぬ顔で車を発進させた。

「こんなの、誘拐です!!」

「大丈夫ですよ、あなたが頑張れば返してあげますから。」

 そう言うと、後は何を言っても返事はなかった。

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