第二章

「天、ただいま~。」

「桃君、おかえり!」

 共同生活を始めて早一週間、皆の個々の仕事が始まった。桃君はスクープ雑誌のカメラマン。昼間だけ現場に張り込んでスクープ取ってる。涼君は普通のサラリーマン。営業をしてる。夕君と柊君はコンビで作詞作曲の勉強をしつつそう言う人のアシスタントをしてる。

「夕飯、もうちょっと待ってね。あ、他の皆は帰ってきてるよ。リビングでテレビ見てる。」

「ありがとう!今日の夕飯何?」

「ミートスパゲッティー。」

「やった!!」

「ほら、早く着替えてきな?」

「うん!」

 そう言って桃君が喜んで走っていく。なんだか子供みたいだな。

「おーい、天。桃帰ってきた?」

「うん、帰って来たよ。ご飯ももうすぐできるよ。」

「そっか。あ、夕飯の後で話あるから。」

「?分かった。」

「んじゃ、よろしく。」

 う~ん、話って何だろう…。

「って、あわわわ!鍋吹き出しちゃった!!」

 とりあえず、ご飯失敗しないようにしないと…。

「天ちゃん、大丈夫?」

 そう言って夕君が心配そうに覗いてきた。

「って、うわ!おいしそう!!」

 ミートソースを見て目を輝かせてくれた。

「えへへ、そうかな?」

「うん、早く食べたい!!」

 そう言って笑ってくれた。夕君、笑うとすごい可愛いな。

「おい、そこ二人。何イチャイチャしてるんだ。」

「しゅ、柊君!!ぼ、僕たちイチャイチャしてたわけじゃ…。」

 いきなり柊君にそう言われてびっくりした。イチャイチャしてるように見えたのかな?

「ってあわわわ!!」

 ま、また吹き出した!!やばいやばい!!時間もいい感じだしそろそろ火を止めよう。

「…ふう。さ、ご飯できたよ。二人を呼んできて。」

「分かった。」

「僕、ご飯運ぶの手伝うよ。」

「ありがとう!」

 そんな風に、私たちの日常は進んでいた。毎日こんな風に笑い合って、ご飯を食べて、楽しい日常。

 でも、この後、ついに私たちは新しい一歩を踏み出すんだ。


「さて、これから大事な話するから、心して聞くように。」

 涼君の言葉に、皆息をのむ。

「実は、ついに、師匠が動き出した。」

「し、師匠が!?」

 涼君がそう言うと、桃君が身を乗り出す。他の皆、それに私も期待を込めて涼君を見た。

「ああ、そう言われたのはメールだったんだけど、居ても立っても居られなくて、今日の昼休みに電話した。なかなか時間合わなくて、遅くなったんだ。ごめん。」

「いや、朝日奈が謝る事はない。それより、師匠はなんて?」

 柊君まで、待ちきれない様子だった。

「明日、仕事終わってからでいいから全員でライブハウスに来いって。パザジールに言わないと、意味ないって。」

「あ、明日…。」

 夕君が不安そうな顔をする。明日は、土曜日。でも、夕君と柊君はお仕事が入ってる。

「明日の仕事は、確か楽曲を事務所に届けるだけだったよな?」

「う、うん。そんなに遠くないし、時間はかからないと思う。お昼ごろには合流できるけど。」

「急がなくていい。師匠には、遅くなるって言ってあるから。」

「夕と柊の仕事大変だもんね~。」

 そう言って桃君が頷く。確かに、アシスタントなんて、誰にでも出来るかもしれないけど、すごく大変だろうな…。

「すまんな。」

「いいって。あ~、ただ、天だけは先に来てほしいって。」

「え?私?」

 涼君の言葉にびっくりする。なんで私だけ?

「ああ。よく分かんないけど、そう言われた。俺送り届けるから、悪いんだけど向こうで待っててくれるか?」

「う、うん。分かった。」

 涼君にも教えてくれなかったんだ。きっと、大事な用事だよね。


 次の日、ライブハウスの前で涼君におろしてもらった。

「ありがとう、涼君。」

「いいって。それじゃ、また後でな。」

「うん。」

 そう言って涼君は帰って行った。なんか、一人だけだと怖いな…。何回か来てはいるけど…。

「こんにちは~。」

「おお、嬢ちゃん。悪いな、呼び出しちまって。そこ座りな。」

 少し重い扉を開けて入ると、師匠は奥に行ってしまった。いつもこんな感じだし、いつも座ってる椅子に座って待つ。しばらくして、お茶を持って来てくれた。

「ありがとうございます。」

 そう言って一口飲む。師匠のお茶は、ご本人の外見と違って、優しい味がして好き。

「それで、嬢ちゃんだけ先に来てもらった理由ってんがよ~…。」

 そこまで言ってから師匠が口ごもってしまう。どうしたんだろう。

「嬢ちゃん、大勢の前で歌を歌って見たくね~か?」

「え?」

 そう言われて、どういう意味か分からなかった。大勢の前って、どういうこと?

「あのな、嬢ちゃん。実は、お前たちのファンの中にさ、かなりでかいライブハウス持ってる人がいてな、その人から依頼があったんだよ。」

「…っ!それって…!」

「ああ、千載一遇のチャンスってやつだな。」

 すごい。こんなことがあるんだ。

「でも、ほら。嬢ちゃんが嫌だって言ったら断ろうと思ってたんだ。それで先に呼び出したってわけ。」

 そっか。師匠は私がこの声をコンプレックスにしてるって知ってて…。

 でも、そんな心配はいらない。

「大丈夫です!やります!やらせてください!!」

 皆と一緒なら怖くない。それに、今は私たちの歌をいろんな人に聞いてもらいたい。

「そうか。」

 師匠は満足そうに頷いてくれた。

「よし、じゃあ坊主どもが来るまでまだ時間あるし、先方に連絡するかな!」

 そう言って奥に行ってしまった。見るとまだ11時半くらい。皆はお昼過ぎに来るはずだから、結構あるな…。


「ふう…。連絡付いたぞ。向こうもかなり喜んでた…って、何やってんだ?」

「あ…。」

 師匠が電話が終わって帰って来た時が、実は一番見られたくなかった時だった。

「あ、あの、これは…。」

「お、服のデザイン書いてんのか?これ、もしかしてパザジールのやつ?」

「は、はい…。皆のために、何かしたくて…。」

 そう、皆色んなことをしてくれる。夕君と柊君は、バンドの曲を作ってくれてるし、その勉強のために仕事をしてくれる。桃君は、バンドのPR写真を撮ってくれる。涼君は、私たちにはできない書類関係の手続きをしてくれる。なのに、私は何もできないから…。

「ふ~ん。いいんじゃね~か?」

「ほ、ほんとですか!?」

「ああ、パザジールの名にふさわしい服だ。」

 そう言ってもらえてホッとした。

「あ、でも、このことは…。」

「ああ、安心しろ。言わね~から。」

「ありがとうございます。」

 言われちゃうとちょっと恥ずかしいからね。

「お、そろそろ片づけろよ。あいつら来るから。」

「はい。」

 きっと皆びっくりするだろうな。何て言うかな?夕君気絶しちゃったりして。

「しかし、あの坊主たちはどんな反応するかね?夕あたりは倒れちまうんじゃねーか?」

「ふふ、私も同じこと思ってました。」

「気が合うな~。」

「こんちはーっす。」

 そんな話をしてると皆が来た。

「お、来たな。天から重大発表があるぞ。」

「え!?わ、私ですか!?」

 いきなり話を振られてびっくりした。ここは師匠が言うべきなんじゃ…。

「簡単に言ってくれればいいからよ。」

 そう言って奥に行ってしまう。これ、言わなきゃだめだよね…。

「ねえ天。重大発表って何?」

 きらきらした目で桃君に聞かれる。うう、そんな目で見ないで…。

「あ、あのね、私もさっき聞いたんだけどね…。」

 そう言ってさっき聞いたことをそのまま伝える。終わると皆、信じられないというような顔をしていた。

「風野、それは本当か?」

「うん。私も信じられなかったけど、本当みたい。」

 やっと柊君が言ってくれたのは、その一言だった。

「マジか…。」

「え?僕たち大きいステージに立つってこと?」

 やっと整理がついた涼君、夕君がそう言う。そして、桃君は…。

「すっげー、俺たちの夢、叶うんだ!!」

 そう言って椅子から立ち上がって飛び跳ね始めた。

「ねえ、そうだよね?そうだよね、天!」

「うん、そうだよ。」

 私がそう言うと、今度は柊君に抱き付く。そんな桃君を見て、皆もやっと喜び始めた。

「よっしゃー!こんなチャンスが、こんな早く来るなんて思ってもみなかった!!」

「ああ、そうだな。」

「あ、そうだ!!こんな記念すべき瞬間なんだし、写真撮ろうよ、写真!」

「お、いいな!」

「ま、待って、僕腰抜けちゃったよ。」

「おいおい、大丈夫かよ?」

 そうして、段々賑やかになってく。他の人とかは「騒がしい」とかいうけど、私はこんな皆が大好きで…。

「おい、お前ら!写真撮るんならステージの上で撮れよ!!」

「あ、師匠!師匠も一緒に入る?」

「いや、遠慮する。それよりさっさと撮れ。さっき連絡したらこれから来るっつってたぞ。」

「げ!それ早く行ってよ!ほら夕、早く立って!!」

 そう言って桃君が夕君の腕を引っ張る。

「う、うん。」

 そうして、また皆との思い出が増えていく。アルバム、新しく買い直さないともう家にないや。今度は何色がいいかな?

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